円空破れ笠、尼僧アイヌ―ラ、 | 美術家 村岡信明 

美術家 村岡信明 

漂漂として 漠として  遠い異国で過ごす 孤独な時の流れ
これを 私は旅漂と呼んでいる

円空れ笠、198、エピローグ、7

尼僧アイヌ―ラとの出会い

~~~~歴史に消えた別離のシルクロード~~~~

                

円空の運命を変えたのは、尼僧アイヌ―ラとの出会いであった。ある夜 尼庵で語った尼僧アイヌ―ラの身の上話は(詳しくは円空破れ笠、28頁より)

 

 寝室の円窓に満月の灯りが青白く映っていた。いつも一人で眺める円窓は無情で淋しいがが、円空といる今宵は有情の夜である。

 仏間に戻った尼僧は襟を正してから、棚床に置かれた地蔵をじっと見つめて大きく息をして何かを心に決めていた。今まで誰にも話していない自分の生立ちを円空にだけは聞いて欲しかった。尼僧は静かに語り始めた。

 「私はこの尼庵で生まれ育ったと思っていましたが、或る日、病床に臥していた母と呼んでいた庵主(あんず)から恐ろしいことを聞かされました。

 『さあ、もう十二、三年も経つだろうか、外は木枯らしが吹き、カタカタと戸揺する音が絶えず聞こえていた初冬の夜だった.

[旅の者ですが]と言って若い女性がこの尼庵を訪ねてきて、

「この児をお願いします、私は明朝早くこの地を発たねばならないのです」

よほど動揺していたのか、震え声で言いながら,生まれて間もない乳呑子をわたしの前に置いた。事情を訊ねたが、その娘さんは「旅歩きの者です」と泣きじゃくるだけだった。わが児を尼庵に置き去りにして別れていくのが辛かったのだろう、まだ生まれたばかりで眼も見えない赤子の寝顏に頬ずりながら

「せめて朝までは」と夜が白々と明けるまでお前を抱きしめていた。』                    

                 Ψ

アイヌーラの背景に流れるのは、中央アジアの歴史に消えた王族たちの別離のシルクロードがあった。華やかに伝えられているシルクロードの歴史の裏に、敗走する民族・部族の別離の道があった。都を落ちていく敗北の部族一族は、錦織りを切り裂いて各々が一片ずつ持って別れて行った。錦(ぎれ)をさらに細かく切って、嬰児(えいじ)の着物に縫い付ける母親もいた。一族がいつの日か再会を果たして元の絵柄を見る日を誓って別離していったのもシルクロードであった。 

第一章で詳しく書いているように、草深い尼庵で出会った尼僧アイヌ―ラとの出会いは円空の運命と重なり。円空が渡道を早めた動機であった。

幾春別で漂着の異邦人ソグドが語ったのはシルクロード別離の歴史であった。それは尼僧アイヌ―ラの運命を綾なす背景であった。

                 

20171227、(水)、村 岡 信 明