例によって部屋の片づけはまだ現在進行形。
片付けているうちに(先に述べたとおり)展覧会タイアップメトロパスや、日経の美術十選の切り抜きが出てきたりして、しばしなつかしさに浸ってしまうので、遅々として進みません。
今回は、日仏学院で以前受けた美術の講義に関する資料が出てきました。
ソルボンヌで美術史を学んだ教師がテキストに使ったのは、美術史家のDaniel Arasseダニエル・アラスの著書のコピー。
西洋美術史を学ぶ上で必読の書、とのことでしたがなるほどその意味が分かる気がしました。
アラス自身、論文を様々読んで頭でっかちに研究したというより、とにかく何時間でも1つの絵の前にたたずんで、絵と作者に寄り添い心を通わせることに腐心した人でした。
例えばラファエロの聖母被昇天の絵の前で長い時間佇み、作者の意図が腑に落ちるその瞬間がくるのを待ちます。
ただ、美術史だけでなく、キリスト教や聖書に精通している人だからこそ読み解くことができるという面もあり、私などが同じことをしても到底たどり着けない境地。それでもアラスが読み解いたその成果は非常に明快・明晰で、読んでいて胸に直接響きます。
そうした授業で習ったいくつかのテーマのうち、特に印象に残ったのが、アンブロージョ・ロレンツェッティの受胎告知(シエナ国立美術館蔵)の絵に関する解説でした。
よく、ルネサンスの先駆者として語られるのは透視図法(遠近法)の理論だてをした建築家ブルネレスキや、「三位一体」を描いたマザッチョなどですが、アラスは、アンブロージョ・ロレンツェッティを挙げています。
(ただ、昨今では兄のピエトロ・ロレンツェッティを挙げる人もいるようですが。)
アンブロージョが描いた「受胎告知」には、すでにルネサンスへの移行が顕著に見られる、と指摘します。
ざっとブルネレスキーの遠近法発表より70年ぐらい前の時代になります。
それまでは受胎告知や聖母子像などキリストや聖母の絵は金色の平面な構図の中に閉じ込められ、人間とは異なる神の領域の人として、人間味をあえて消し去るかたちで表現されてきました。
でもこの絵は下半分(白黒の床)が遠近法になっているのです。
これは単に構図上の意味だけでなく、キリストそのものに対する考えにも関わってくる話。
つまり、イエスが神の子という認識から人の子としてのイエスを意識することにより、現実的な人間世界を表す必要性にせまられ、その結果が遠近法その他でした。
天上人からやがて人の子へという転換をアンブロージョは、途中から(下半分)現実世界を描くというかたちで実現したわけです。
ビザンチン的黄金の背景から現実の白黒タイルの世界へ、そして平面から遠近法へ。
床の描き方のみならず、画面中央縦に惹かれた細い柱もしかり。
金色に同化していた柱は、途中から存在感を増し、マリアの衣服のすその前に立ちはだかり、確固たる実在感を示します。
まだ遠近感はプリミティブで一点透視図法といった理論的組み立てができているわけではありませんが、リアリティを意識した宗教画として、この絵がもつ意味は非常に多きい、とアラスは指摘します。
そういう目で改めてこの絵を眺めると、芸術家が大きな殻を破った瞬間のようにも思え、ちょっと感激してしまいます。
1344年「受胎告知」
↑ちなみに左にいる大天使ガブリエルとマリアの口もとからはラテン語が吐き出されています。
懐妊を知らせる言葉とマリアの回答です。
ダニエル・アラス
なお、私個人としてはルネサンスの萌芽を感じる画家としてジョットを挙げたいところです。
スクロヴェーニ礼拝堂の幼児虐殺(マタイ福音書)のシーンに見られる母たちの悲痛な涙の表現には人間の魂が宿っていて、それまでの客観的で無表情な人物像から大きく転換した画風と思えるます。
大好きな画家のひとりです。
ロレンツェッティの絵はあまり見る機会がありません。
私はシエナでかの有名な「善政と悪政の寓意」の絵を見たほかは、スポレートの教会でピエトロの祭壇画を見て、あとはウフィツィで見たぐらいかな。
以下ウフィツィの4点。
手元のエクセルに打ち込んだメモに美術館で撮った写真と作品名を紐付けている関係で、絵のタイトルは英語表記です。↓
Lorenzetti、Ambrogio : Madonna and Child with Saints Nicholas and Proculus.
Lorenzetti、Ambrogio Four Stories from the Life of Saint Nicholas.
Lorenzetti、Ambrogio Presentation in the Temple 1285-1348
Lorenzetti、Pietro Madonna and Child with Angels. 1280-1348?
上述の「善政と悪政の寓意」は、シエナのプッブリコ宮殿(市庁舎)にあります。
撮影禁止なので画像はありませんが。
隣接するマンジャの塔は眺めが素晴らしいですね。
塔の上から見たトスカーナの遥かなる風景には心癒されます。
町の「色」という点で、シエナはフランスのアルビと似ています。
パリオで有名なカンポ広場。
ドゥオーモも見ごたえ十分でした。
この日はたまたま聖書のテーマが描かれた床面の特別公開日でした。
ここにも幼児虐殺のテーマがあり、ヘロデ大王の手下たちに子を奪われ殺害された母たちの半狂乱の表情が忘れがたいです。