「最後の晩餐」の描き方変遷をちょこっと追った昨日のエントリーの続きです。


一気に現代に飛ぶ前に、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂で見たジョットの最後の晩餐を見てみたいと思います。

 

 

 

パドヴァには2度行ったのですが、当時は撮影禁止でした。

ということで写真がないので、手元のスクロヴェーニ礼拝堂ブックレットの画像です。

 

この最後の晩餐↓(左)、テーブルを囲むところは横一列より自然ですが、いかんせん、

後ろ向きの使徒たちの光輪処理に苦心して、後輪ならぬ前輪になっています。

 

ルネサンス誕生前、自然描写への模索が続くこの時期(この絵は1300年頃)の絵が好きです。

ビザンチンとの比較において垣間見える斬新さとプリミティブさが入り混じってなんともチャーミング。

 

さてこの絵でユダは?、というと、テーブルの上に手を伸ばしている左手前の黄色い衣の人物でしょう。

 

「私と同じ鉢に手を触れた者が、私を売ろうとしている」(マタイ26)という一節を体現しています。

 

 

 

 

以下は主に「最後の晩餐」と題されたブックレットの画像をふわっと掲載します。

 

この本には、フランドル派の最後の晩餐も出ています。

やはりところ変われば画風も変わる。

にぎやかな食堂風景です。

床のモザイク模様にフランドルらしさを感じます。

 

1464-8年 ディーリック・バウツ作。

 

このバウツですが、ご存じの方も多いはず。

東京の国立西洋美術館・常設展の板絵が印象的です。

 

 

 

バウツ↓、これですね。悲しみの聖母と 荊冠のキリストの対絵です。

茨の冠のキリストが血を流し、とっても痛そう。

目はやけにリアルに赤く充血しています。

 

 

 

 

ヴェネチツィアのサンマルコ大聖堂には最後の晩餐が複数あります。

でもこの1枚は見つけることができませんでした。

次回リベンジしたい、とポストイットがついてます。

 

 

 

やがて1961年ともなるとこんな最後の晩餐が登場します。

独特の筆致。ベルナール・ビュッフェです。

このユダ、わかりやすい。

みな向きが同じ。

裁判所で裁かれる人のよう。

モノクロームでおどろおどろしい晩さん会。

 

ヴァチカン美術館所蔵の1枚です。

 

確かにヴァチカンにはコンテンポラリーな宗教関連作品展示コーナーがあります。

でもビュッフェのこれは気づかなかったなぁ。

 

 

 

 

グラハム・サザーランドや

 

 

 

フランシス・ベーコン、

 

 

 

シャガールらの宗教モチーフの絵は気づいたのだけど。

 

 



さて、こちらは1986年の最後の晩餐。

抽象画で、もはや大胆に分解されています。

アンディ・ウォーホールのシルクスクリーン作品です。

どちらもやはりダヴィンチの最後の晩餐画下敷きになっています。

上の方はかなり自由に上塗りされていますけれど。


 

 

 

ちなみのこの本の表紙は、ペルジーノかな、と思ったら、ドイツ人画家、

ハンス・ホルバインの最後の晩餐でした。

 

スイスのバーゼルまで行かないと見られないみたい。

 

ユダは左の黄色い人物ですね、きっと。

金貨や伸ばした手で表象しないで、悪相面で判別させようとしています。

 

 

 

 

どの画家も、どの時代も、長年ユダの描き方に苦慮してきた様子が垣間見られます。

 

でもひとたびダヴィンチ作品が登場するやいなや、もう悩まずに済む!とばかりに食いつく画家が次々と。

 

ここにはありませんが、杉本博司さんもしかり。

500年以上影響を持ち続けるダヴィンチの存在感を改めて感じます。

絵画作品をそれほど多く残していないにも関わらず。