アルケミラのyukikoさんにもつっこみよくいただくんだけど「~かも」と、断言しないことが、意外と多いなあと、後「これが真実!!(どやあ)」は、あんまりしない。
・・・・ただ、まあ、案外当たってるってことは多いみたいだけど。
魔法学での注意点とかはね。命に関わるけれどねー、それでもやりたければやればいいんじゃない?と、まあ、ドライな視点だなあっと。

伊達政宗の原作本読んでて、肉体は天からの借り物であって、心だけは自分の物なわけだけど、使い唐ケば、早くに使用期限がきて、天に返されてしまう。というのがあって、なーるほーどなーとかおもいつつ。

歴史小説とかでの人物像は、「その物語を面白くするスパイス」として、その人が調べていて、こういう人だと思うとか、脚色したりするから、話半分は多いかな。丹念に調べて、人物像がやたら近いわーすごいわーという人はいるけれど。

その人にしかわからないこと、ってのは、確実にあるからこそ、断言はできないんだよね。

誰も傷つかない傷つけたくない。お祝いの影で傷ついている人はいる。
楽しい無邪気な遊びの影でも、深く傷つく人もいる。
・・・・・それでも、言わないといけないこともあれば、進まないといけないこともあるし、その向こうにあることで、「相手が幸せになるために、あえて自分が悪役になる」ってこともある。

裏切られた、傷ついた、つらかった、色々なネガティブな思いっていうのは、大事だからこそ起こるんだけど、何が大事だったのかというのはあるかも「自分が紹介したことによる名誉が傷ついた」とか、「信じていたのに」とか、色々と。

誰も傷つけた事がない人だけ、石を投げなさい。といったら、誰も石を投げられない。
自分が知らないで、傷つけてる人もいるわけだし。

傷つく側でもそうなんだけど、一旦怒るとか、感情をしっかりだす作業が必要なわけで、そこで「がまん」したら、後からくるし、そこで、何が必要だったか目的だったかを、明確にする必要はあるよね。

繋ぎとめてるのは何かとか、色々と見直すって感じ?

嘘ついた、騙された、は、実はどうでもいいんだよね。「自分なんで怒ってるのかなあ」とか、そこが大事。当たり前だけど「大事な人との約束を破棄されたら、大事に思えば思うほど怒るわ」とか、事情がわかれば、そうでもない。とか、色々とャCントあったりね。私は、それだったなあ。
約束してきたのに、その子が大事だったの?今まで何回も生まれ変わってきて、一緒に生きてきて、探していて守りたかったのはその子だったの?とか、いろいろとねー。

許したいから妥協点一生懸命探しても、当たり前だけど怒りしかわいてこないってこともある。

愛してるから、大好きだから、そういうこともあるんだよね。

相手を大事に思うからこその怒りと、自分を傷つけて大事にしてくれないから怒りとかいろいろとあるとはおもうけれど。大事なものをないがしろにされたり、傷つけられたら、人間怒るものなのです。