甥っ子なんかみていると、私なんかは無理じゃね?難しいよそこって所でも「やってみる!」と挑戦したり、失敗したら失敗したで、何度か挑戦してみて、結構進んでいたり。
最初からクリアできるものを設定しがちだけれども、難しいことに挑戦する気概ってのも大事なんだよね。

本人は出来ると思っててやらないってことも多いけど、基本、「やりたくない」とか、「やりたくない理由」があるんだよね。できないじゃなくて、やらないやで。という対話をちらっとしてたけど、出来るとは言ってるけど、やりたいと思ってるかにフォーカスすると、やりたくなーい、いやーめんどくさーい。とかいう声が聞こえるわけで。

創作や色々とあるけど、結構思うのが「賞を取らないといけない、有名にならないといけない」とか、「想像している出来上がり図のクオリティが高すぎて尻込みしている」とか、色々とあるけど、やってみたいって思ったら、やるんだよね。絵をかきたいおもったら、とりあえず紙と鉛筆を持つという感じで。そこで、うっかり「プロ仕様の画材をそろえる」とか、やっちゃうと、手に負えなくなったり、簡単仕様のお助けグッズに頼ってしまうと、それがないと作れない人になったり。

良く思うのが、「ないなら、自分で作ればいいじゃない」ということ。
安全な野菜がー食料がー。文句言う暇あったら、自分で畑耕して作ればよろし。とかね。
土地がない>買えばいいじゃない。お金がない、時間がない。色々な理由つけて、やらないんだよね。

そう、自分が人に要求してることで、自分がやりたくないってことは、結局は、相手に無茶ぶりしてるってこと。自分でやるって人は、自分に無茶ぶりするけどね。

だから、自分はやりたくないってことは言いたくないっていう人は多いよね。言ってもいいのに。

やりたくないことはやらなくてもいいし、相手がやりたくないって感じたら、相手にもやらなくていい自由はある。やりたいことがあったら、やりたいからやるでもいいんだけどね。

メリットデメリットは度外視してるよ。うん。

魔法なんかでも、実際は条件や規制、禁止事項はすごいうるさいんだけど、いや、守らないとさ、人の命を失うことになりかねないからね。でも、「使わなくても何とかなる」んだよね。これね、意外と「上のいう事いう通りしてたら、吹雪く前に帰ってこれた」とか、自分の予定に周りを無理やり合わせようとするから、調整が面唐ュさいだけで、それなりに周りに合わせて、自分のやりたいことやると、楽になることも多い。

魔法で無理無理する必要はないんだよねー。

あなたのために、子どものためにとか、そういう言説多いけど、90%くらい「自分のために」という人は多いかも。自分のためだけどな。と言いながら、言ってる人の方が、実際は周りのためになってたりするし。後者の方が無理しない。相手に対しても無茶しないって人は多いせいもあるかもしれない。

食材にしたって、どれだけ安全と思われるものをヒステリー起こしながら文句言いながら作って食べさせられるより、普通の物でも、美味しいね、作ってくれた人ありがとう(食材さん含む)で作ってくれた方が美味しいやん。って思う。コンビニやスーパーのパンだって、夜中にパンコネ器回して焼いている人がいる。

相手のためにとか、色々といいつつ、それが「怨嗟の声」になってたら、それは、相手ではなく、自分の中の恨み言なんやでってことは多いんだろうなあっと。

国産とかにこだわる。…国産の方が美味しいのとかねー。
どんなんでも、感謝こめて、愛情込めて作ってくれる料理やお菓子は、美味しいし、お母さんの料理が一番は、一番の味付けは愛情よね。おばあちゃんのごはんも含む。

自分のためにってのは、相手に何かしてあげたいっていうのは、相手のためいうより、自分がしてあげたいからしてあげるでいいんだよね。相手が求める範囲じゃなくてもいいと思う。そして、自分が求めることを相手がしてくれない。で、じゃあ、自分が相手の求めることを百パーセント出来るかい?といわれると、できない人は多い感じだなあと。

してほしい相手やしてあげたい相手が違っても百パーセントならんから。

自分がやりたいことは何から、入らないといけないけど、やりたくないことの波もあるかもしれないねー。

有機栽狽チて、やっぱりね、その年のお天気とか天候とか、病気はやったら一発ダメになるとか、ものすごい繊細。今は、そういうのに強いように作ってる人も多いし、加減はしてるよね。作ってる自分が調子悪くなるから低農薬にしたり最低限にしてるとか。

農家の人もそれだけ頑張ってる。だから、私たちは、スーパーやお店に行けば、ほしいお野菜が手に入るんだよね。

自分が求めることを、実際に、自分でやってみようと思うとわかる場合も多いと思う。
そして、疲れるんだよね。無茶言ってるから。

出来る範囲でゆるゆるとってのは、そういうことかも。