夢で、いつの話くらいかなあ。離島に遊びに行ってて、幼馴染のお兄ちゃんが参加してる野球の練習を見にいったりしていた夢を、1時間くらいの間にみてましたわ。

療養にいってたのかなあと。ケガして、お医者さんいない。周りがどうしようになってたんだけど、自分が飲むお薬セットのほかに、誰かがケガしたりした時に手当できるように、ガッツリ色々と持ち込んでいて、それで、手当してもらったり。食料も足りない。とか、いうので騒ぎになってて、たまたま、島の人に島の食べられる草とかを聞いてまとめていたノートを作っていて、それで、みんな助かったとかいう。

お医者さんがいない>自分のお薬のほかに、いろいろ持って行こう(ごそごそ)とか、食べ物ノートは、たぶん、興味本位で色々と聞いて回ってたみたい。

ないならないなりに、そこにある知恵っていうのもあったりはするんだけど、ないと思われるものをあげるのもいいんだけど、それもずっとあるわけじゃないし、新聞の投稿欄で、そういえば、「文房具の支援をずっとしてたけど、地域活性の事考えると、それがなくなるまで、地域の文房具屋さんに買いにいかないってことだから、その地域が経済活動を邪魔してることになってしまうかも」というのがあったけど、鉛筆とノートは誰かがくれるものから、自分で勉強したいから買いに行くものになって、文房具を売る人がでてきたりして、作る人も出てきてと、そういうのが自然にできて行かないと、確かに、支援にならないんだよなあと。

そこにあるものを生かす。人間を生かす。
離島って、宅配便が特別料金だし、便利になったといっても、確実に足りないから買い足すが間に合わないこともあるだろうし、その島内で賄える知恵も大事になるんだと思う。
自分達で何とかできるをメインにしないと、何かあった時に助けが来るまで動けない回らないじゃ困るんだろうなあと。

あくまで、昔のだから、今はそうでもない部分もあるだろうけど。

自給率って「作る量、人が飢えずにちゃんと食べられる量」っていうのがあって、廃棄するものが大量にあって、とかなってるけど、いざという時に、食べ物がちゃんと回るかどうかもあるのかもしれないね。農作物って、天候とか色々に左右されるから、何かあった時に支援してもらったり、どこかから買えたりできるのも大事だけれど。

たとえばの話、ノートと鉛筆がないんでしょ、あげるわよ。じゃなくて、じゃあ、ノートと鉛筆を作る工場を作るよう支援しましょう。そして、それを販売できるようにーとか、そこの人達の雇用も含めて、面唐ゥられるようにしたほうが、助かるっていう人は多いかもしれない。長期的に見ても、経済が回るようになるから、勉強したいっていう子もお金が回ってくるから、上の学校に行ける子が増えるかもしれない。

お医者さんがいなくなったら、助けてくれる人がいなくなったら、外からの道がふさがれたら。そういう時に、自分達の周りにあるもので何とかしようという知恵をつけてもらうのが、もしかしたら、支援になるのかもしれないねえ。「助けてくれるのをただ待つ人たち」にしたらダメなんだと思う。

島の植物ノートも、確か、持っていた漢方辞典か何かみながら、薬理効果とかもメモしてて、それ、島の人にプレゼントして帰ったような気がする。