ハロウィンに、万単位で、おそらく、九州方面よりお越しいただいた、迷い霊の皆さんにご訪問いただきまして、どっちでも迷わなくても、行先はいっしょ。と、やってたようで、うん、眠れねえ。と、やってましたが。

・・・・意外と、私、見えないのに対しては、態度悪いというか、自分優先なので、きていただいても「寝かせろ」というところあります(もふもふの心臓)子供のころは浮ェりだったし、カーテンちょっとあいてただけでも浮ェる子でしたがね。いつの間にか、見えないのに対しては、毛が生えてしまいました。

具合悪くなるとか動けなくなる、は、ありますが、基本「気にしない」にはなってますね。
テーマ的に、言いたいことある子に、ずりっと引きずられることもあるけど。

エネルギーラインがあがると「幽霊は見えなくなる」は、本当です。
ただし「エネルギーを強くする」のではなく、「精神性をあげまくる」です。
「恨みつらみや、死にたくなかったとか、そういうのばかり」>あなたの中にある思いに全力で反応しております。ということ。自分の中にある思いや考え方、精神ラインに、感応して見えるんだよね。

気が弱い、気がやさしいも含めて、優しい人が多いので、見えたら「私に何かできることありますか?」と奉仕精神出してくるタイプも多いんだけどね。で、頼られて迷惑してるんですー。というパターンが多いわけだけど。自分が余裕あって、助けられるなら助けてあげればいいし、話も聞いてやればいい。その辺は、現実の人と対応一緒。

霊媒に関しては、神道仏教みたいな、宗教的な基本押さえておくといいと思います。
オリジナルとか、「ここに送ればいいよ」とか、そういうパターンで、やり方間違えるとね、かえって迷わせるから。結局、そこで迷ってる人を回収して、ちゃんとしたところに送るということもやるはめになります。流行ってた時期はありましたが、わからない場合は、素直にアズラエルさんとか、お迎え天使や仏様にお願いした方が早いです。姿を変えて化けてーは、前そういう感じでやってた人多かったけど、うーん、経過見ると、問題も出てるなあという印象。

人助けしてるはずなんだけど「相手をだます」ということで、うっかりカルマ増やしてるパターンになるのね。

仏陀かキリストか選べないでも、迷ってた人多数だったからなあ。信仰が強ければ強いほど、捨てた方にも申し訳ないし、キリストを選べば、信仰にはいいけど、もしかしたら、ご先祖様に会えないかもとか、考えすぎて迷っていたパターン。行先はどのみち一緒なのです。

間違いもないってのは「カルマ増やすために頑張ってるドМ」という人もいれば、「カルマを解消しようと日々頑張る」人もいるので、目的がそもそも何かということ。

霊能のバランスを安定させたい。とか、色々と目的はあるからねー。

そこら辺、目的ちゃんとしてないと、エネルギーワークをやれば、土地の神様及び住んでる人たち大迷惑。とか、あるんだけど、ちゃんと土地の目的、上のお仕事でやってる時って、ちゃんと「お礼」はくるー。感謝のエネルギーもくる。それがない時は、自分本位の目的で、自分勝手に自分のためだけにやってるってことなんだけどね。それを承知でやるってこともある。

神社を普通にお参りとか、祈ったり思いをはせたりするくらいはいいみたいだけど。

必要なもの、必要なラインで、ちゃんと来るから大丈夫ってこと。