スピって、結構色々とメジャーなって、色々な職業なったり、あこがれて、この道入ったり、色々とあるけど、生と死隣り合わせなんだな。とは思います。
基本的にスコーンと、忘れないでね。というのは、「生きる意味、生きる目的、生きるためにやりなさい」ということ。
死と隣り合わせになることで、見えてくるものもあるけど、生きるために幸せになるために、それをやってるんでしょう。ということ。死と隣り合わせるために、薬に頼る、体を傷つける。
自分の身を犠牲にしたり、誰かを犠牲にして何かを成そうとする。
スピリチュアルは、チャネリングできることがかっこいいんじゃなく、生きるために輝くために、それを使ってることが、クールなんだよね。
いずれ生きているば、死ぬものだけど、早いか遅いかもある。限りあるから、今のあなただから、できることであって、たぶんね、古代の云々、巫女や神官の云々じゃないんだよね。上がやってほしいの。
上の総意「生きろ」
久しぶりに遺跡発掘で、マヤインカのほうのがでてたのチラ見したけど、息を吸うように死ぬことさえも喜びの世界だったからなあ。と、思った。死ぬことがむしろご褒美。の世界。
生きろの意味を込めて、マヤカレンダーができていた気がする。
行くのか残るのか、生きたいのか、死にたいのか。その問いの向こうで、死に近づいてた人は、特に惹かれるんじゃないかな。やっぱり生きたいと。
零みていておもったけど「止めてくれる人」「この世にとどめてくれる人」が、いるんだよね。
親御さん、恋人、パートナー、友人、色々と。その人たちが消えたとしたら、自分は、はたして、それでも行きたいのか残りたいのか。
この境地なるとわかるのが「この人のためだったら残りたい」になる。
もちろん、今までいてくれた人、いってしまいそうなところを、手をつかんでとどめてくれた人も含めて、今、目の前にいる人が、あなたをここにとどめてくれてるのかもしれない。
何をしてくれる、あれをしてくれる。理想はなんだ。じゃなく、この人がいるから、私は生きられる。ということなんだろうなあと。
いや、過程で、私一人でも行ける。という人もいるけど。ある程度それもやると、もういいわ、パートナー欲しいにはなるなる(笑)
愛し愛される関係であれば、欠点も愛しくなることもあるんだろうけど、恋であれば、セロトニンが増えてる時限定の時もあるから、前にちらってつぶやいた、幻想から覚めても変わらないものみつけておくことだねー。は、そこだね。
友人でも恋人でも、相手がなんだろうと、相手そのものが好きであれば、なんだろうと何になった所で変わらないもんだと思う。相手の転落具合で巻き込まれて、自分の立場も転落ってこともあるけどねー。転落っていっても、相手や自分の立場だけ見ている人が離れるだけだけれども。
表面だけ見てくれる人は、きらきらと、憧れの目を向けて、華やかに持ち上げてくれるから、一緒にいて心地いいんだよね。で、そっちを選ぶ。でも、大変な時、つらい時にちゃんと手を差し伸べてくれる人がおらんーっていうパターンが多いかも。
セラピスト業だと、今、自分のレベルの範囲できて、それを超えた人は卒業する感じはあるかな。
わたしの場合なんかだと、最終段階は解脱だから、まず、生きようかー。だけれども。
独りで抱えるんじゃなく、受け止めてくれる人が必要なんだろうな。
そして、受け止められる側が、また、受け止める側になってくれる。
独りじゃできない。っていうのは、そういうことかも。無償の愛だから、愛や返礼はいらないっしょ。ってことはなくって、限界ある。でも、そうやって、受け止めて受け止めてくれる人がいるから、返ってこなくても頑張れる。
独りだと、常に付きまとうのは、行くのか残るのか。に、なるんだろうなあ。
基本的にスコーンと、忘れないでね。というのは、「生きる意味、生きる目的、生きるためにやりなさい」ということ。
死と隣り合わせになることで、見えてくるものもあるけど、生きるために幸せになるために、それをやってるんでしょう。ということ。死と隣り合わせるために、薬に頼る、体を傷つける。
自分の身を犠牲にしたり、誰かを犠牲にして何かを成そうとする。
スピリチュアルは、チャネリングできることがかっこいいんじゃなく、生きるために輝くために、それを使ってることが、クールなんだよね。
いずれ生きているば、死ぬものだけど、早いか遅いかもある。限りあるから、今のあなただから、できることであって、たぶんね、古代の云々、巫女や神官の云々じゃないんだよね。上がやってほしいの。
上の総意「生きろ」
久しぶりに遺跡発掘で、マヤインカのほうのがでてたのチラ見したけど、息を吸うように死ぬことさえも喜びの世界だったからなあ。と、思った。死ぬことがむしろご褒美。の世界。
生きろの意味を込めて、マヤカレンダーができていた気がする。
行くのか残るのか、生きたいのか、死にたいのか。その問いの向こうで、死に近づいてた人は、特に惹かれるんじゃないかな。やっぱり生きたいと。
零みていておもったけど「止めてくれる人」「この世にとどめてくれる人」が、いるんだよね。
親御さん、恋人、パートナー、友人、色々と。その人たちが消えたとしたら、自分は、はたして、それでも行きたいのか残りたいのか。
この境地なるとわかるのが「この人のためだったら残りたい」になる。
もちろん、今までいてくれた人、いってしまいそうなところを、手をつかんでとどめてくれた人も含めて、今、目の前にいる人が、あなたをここにとどめてくれてるのかもしれない。
何をしてくれる、あれをしてくれる。理想はなんだ。じゃなく、この人がいるから、私は生きられる。ということなんだろうなあと。
いや、過程で、私一人でも行ける。という人もいるけど。ある程度それもやると、もういいわ、パートナー欲しいにはなるなる(笑)
愛し愛される関係であれば、欠点も愛しくなることもあるんだろうけど、恋であれば、セロトニンが増えてる時限定の時もあるから、前にちらってつぶやいた、幻想から覚めても変わらないものみつけておくことだねー。は、そこだね。
友人でも恋人でも、相手がなんだろうと、相手そのものが好きであれば、なんだろうと何になった所で変わらないもんだと思う。相手の転落具合で巻き込まれて、自分の立場も転落ってこともあるけどねー。転落っていっても、相手や自分の立場だけ見ている人が離れるだけだけれども。
表面だけ見てくれる人は、きらきらと、憧れの目を向けて、華やかに持ち上げてくれるから、一緒にいて心地いいんだよね。で、そっちを選ぶ。でも、大変な時、つらい時にちゃんと手を差し伸べてくれる人がおらんーっていうパターンが多いかも。
セラピスト業だと、今、自分のレベルの範囲できて、それを超えた人は卒業する感じはあるかな。
わたしの場合なんかだと、最終段階は解脱だから、まず、生きようかー。だけれども。
独りで抱えるんじゃなく、受け止めてくれる人が必要なんだろうな。
そして、受け止められる側が、また、受け止める側になってくれる。
独りじゃできない。っていうのは、そういうことかも。無償の愛だから、愛や返礼はいらないっしょ。ってことはなくって、限界ある。でも、そうやって、受け止めて受け止めてくれる人がいるから、返ってこなくても頑張れる。
独りだと、常に付きまとうのは、行くのか残るのか。に、なるんだろうなあ。