元劇団四季、元宝塚歌劇団の2人が立ち上げた団体。
病児障害児(者)とそのご家族にプロのパフォーマンスをデリバリーする。
NPO法人心魂プロジェクト。
ワークショップメンバーの募集。
ずっとやりたかったやらせたかったワークショップ。
ずっと、「私はいい。やらない」といつものように消極的で断る娘。
今ならって思い立ち、再度誘った。
体調悪化もあり、何でもやってみないと勿体ない。一度やってみたら?と話し合い、
小学四年生の春参加を決めた。
しかし、やっと入れたのも束の間、
体調は酷く、さらに入院ばかりに。
それでも、本番だけは、病院から外泊してでる。
入院先で、ひとり自主練した。
これが、毎公演のお決まりだった。
そして、体調はもっと悪化。
退院出来ても、帰ったその日から悪化。
点滴を外すと…
ひどい下痢が再会、
吐き気止まらなくなり、
頭痛は酷くなり、
倦怠感もひどい。
1日の半分はトイレ。
1日の半分は、バケツ片手に布団の上。
吐き続けたら、再入院。
生きる気力も失っていた。
誕生日も祝いたくない、プレゼントもいらない。
全てのやる気を奪われた。
見ていられなかった。
生きていることが、辛いんじゃないかって思った。
何のために生きるのか、わからなくなるんじゃないかって。
そんな生活が数年。
私はいつ吐くかんからないので、一秒も目が離せない24時間を過ごした。
このままでは、自分がおかしくなりそうだった。
私はある決断をした。
1ヶ月に。1回のレッスンを受けて、
デリバリーパフォーマンスに参加する社会人パフォーマー。
1日家をあける?
そんなのは無理だった。
学校にも預かってもらえない、
家でも変われる人がなかなかいない中、無理だと諦め続けてきた。
10年24時間、夜中も見張ってきた。
ずっと一緒にいた。
でも、このまま、誰にも頼れず一人で見張り続け向き合っていたら、頭がおかしくなりそうだった。
たまたまレッスン場所が、最寄駅だった。
車で10分。
何かあれば、すぐに帰ってこれる。
やれるかもしれない‼️
家族全員を説得した。
1ヶ月に一回だけ、自分の時間が欲しい。と…
承諾を得た。
レッスンに参加した。
レッスンで習った振付を、運動音痴な私は家で必死に練習した。
すると…
寝込んでいた娘が、
「私も踊りたい!教えてほしい!」
そう言って、身体を起き上がらせた。
正しく踊れてはいなかった私だけど、
振りを教えた。
一緒に練習した。
それから、娘は、
踊りたくて、毎日、身体を起こし始めた。
病院の待合室の廊下でも、練習した。
どこでも。
その積み重ねをし、
踊れるようになったと代表の方に嬉しそうに報告をした✨
魂が叫ぶパフォーマンス。
奇跡だった‼️
それからは、吐き気も少し良くなり、少し外出出来るようになった。
下痢は仕方ないけど、移動中はおさまってくれた。
そうして、、彼女は、、
一般公演で踊るというチャンスを頂いた🥺✨✨
遠い、日光公演。
直前まで入院して、会場に向かった。
生のドラム、生のピアノ、生の歌。
プロの方々の迫力と凄さ!
照明とスモーク。
その中で、生きてきた全ての想いを注ぎながら舞った少女。
幼稚園や学校にいかなかっらた娘は、ほとんど経験がなかった成功体験。
はじめての成功体験。
はじめて掴んだ想い。
生きたいとおもった瞬間。
