心臓病児と家族のオフロードレース -31ページ目

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!

元劇団四季、元宝塚歌劇団の2人が立ち上げた団体。


病児障害児(者)とそのご家族にプロのパフォーマンスをデリバリーする。

NPO法人心魂プロジェクト。

ワークショップメンバーの募集。

ずっとやりたかったやらせたかったワークショップ。

ずっと、「私はいい。やらない」といつものように消極的で断る娘。


病気や入院がひどく諦めた末、

今ならって思い立ち、再度誘った。


体調悪化もあり、何でもやってみないと勿体ない。一度やってみたら?と話し合い、

小学四年生の春参加を決めた。



しかし、やっと入れたのも束の間、
体調は酷く、さらに入院ばかりに。

それでも、本番だけは、病院から外泊してでる。
入院先で、ひとり自主練した。

これが、毎公演のお決まりだった。

そして、体調はもっと悪化。

退院出来ても、帰ったその日から悪化。

点滴を外すと…

ひどい下痢が再会、
吐き気止まらなくなり、
頭痛は酷くなり、
倦怠感もひどい。

1日の半分はトイレ。
1日の半分は、バケツ片手に布団の上。

吐き続けたら、再入院。

生きる気力も失っていた。
誕生日も祝いたくない、プレゼントもいらない。
全てのやる気を奪われた。

見ていられなかった。
生きていることが、辛いんじゃないかって思った。
何のために生きるのか、わからなくなるんじゃないかって。

そんな生活が数年。

私はいつ吐くかんからないので、一秒も目が離せない24時間を過ごした。

このままでは、自分がおかしくなりそうだった。
私はある決断をした。

1ヶ月に。1回のレッスンを受けて、
デリバリーパフォーマンスに参加する社会人パフォーマー。

1日家をあける?
そんなのは無理だった。

学校にも預かってもらえない、
家でも変われる人がなかなかいない中、無理だと諦め続けてきた。

10年24時間、夜中も見張ってきた。
ずっと一緒にいた。

でも、このまま、誰にも頼れず一人で見張り続け向き合っていたら、頭がおかしくなりそうだった。

たまたまレッスン場所が、最寄駅だった。
車で10分。
何かあれば、すぐに帰ってこれる。

やれるかもしれない‼️

家族全員を説得した。
1ヶ月に一回だけ、自分の時間が欲しい。と…

承諾を得た。
レッスンに参加した。

レッスンで習った振付を、運動音痴な私は家で必死に練習した。

すると…
寝込んでいた娘が、
「私も踊りたい!教えてほしい!」

そう言って、身体を起き上がらせた。

正しく踊れてはいなかった私だけど、
振りを教えた。

一緒に練習した。

それから、娘は、
踊りたくて、毎日、身体を起こし始めた。

病院の待合室の廊下でも、練習した。

どこでも。

その積み重ねをし、
踊れるようになったと代表の方に嬉しそうに報告をした✨

魂が叫ぶパフォーマンス。

奇跡だった‼️

それからは、吐き気も少し良くなり、少し外出出来るようになった。

下痢は仕方ないけど、移動中はおさまってくれた。

そうして、、彼女は、、
一般公演で踊るというチャンスを頂いた🥺✨✨

遠い、日光公演。
直前まで入院して、会場に向かった。

生のドラム、生のピアノ、生の歌。
プロの方々の迫力と凄さ!
照明とスモーク。

その中で、生きてきた全ての想いを注ぎながら舞った少女。

幼稚園や学校にいかなかっらた娘は、ほとんど経験がなかった成功体験。

はじめての成功体験。
はじめて掴んだ想い。
生きたいとおもった瞬間。