5年後、10年後が想像できません 140 | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!

(ナンバリングされたものは、病気がわかったその日から、
怒涛の経験、葛藤、戦い、生きる力、そんな生き様を掘り起こし記録しています。
この経験がどなたかの役に立つようなことがあれば嬉しいです。)

点滴に依存しなければいけなくなってるかも…

このことが示すのは、
入院と共に歩まなければならないということ。

先にこの病気を発症している子は、すでに家に帰ることが困難な状態になっていたので、この病の予後というものに想像はついていた。

もとの先天性疾患や、
この病の起因は、みんなまるで違う為、同じではないが。

それからは、入院と退院の繰り返し。

点滴を外し退院したとだん、酷い症状との戦い。

吐き気と下痢と倦怠感と頭痛だった。
見てるのも辛くて、この子は生きていても苦しいだけなんじゃないか?幸せなのか?

そんな風に感じることもあった。
吐き続けるほどになると救急外来に電話をして一番この症状を知る担当医の先生に名指しで見てもらった。

息子は旦那に預け、

片手でハンドル握りながら、
片手で娘の口元にガーグルベースと水分を交互に渡し、運転。

救急外来に行って採血すると、
入院するほどの数値じゃなくて、でも
酷い嘔吐。

「どうしたらいいですか?
なんで、こんな風になってしまってわからなくて不安です。」
と、何度も相談した。

「吐くのも、慣れるしかない。」
と、医師は言った。

慣れる…
そう言われても、ご飯も食べれないのにゲーゲー吐いて、水分制限してるから、吐くと脱水するし…

我が子が目の前で毎日、屍状態で、慣れるって無理。

入院、退院、入院、退院を繰り返し続けた。

ある日、主治医に、
実際、現状、どんなレベルの身体なんでしょうか?正直、どのくらい生きられるんでしょうか?と聞いた。

「一年の半分以上は入院になります。そして、それがもっと増えていきます。

5年後、10年後の姿は想像できません。
大丈夫でも、5年以内に腎不全になるでしょう。」

だった。

堪らなくなり、声をあげて泣いた。

あ、、気持ち悪い。
久しぶりにこの感じ。

酸欠だ。

想像はしていたけど、ショックだった。

でも、

あぁ、今を生きなければ!!
そう思った。

今まで、風邪が怖くて、
色々我慢させてきてしまったけど、
今を楽しまなければ!!…と。

今を精一杯生きることにした。
世界一幸せな子にしようと決めた。