痛みを比べないで 135 | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!

手術翌朝、呼吸器もとれた。

傷の痛みが強い。

痛くて苦しくて、痛み止めなんて効かなくて泣いている。

食事は翌朝から普通食😲

食べられる訳がない。

冷やしうどんさえ拒否。

体にはドレーンが刺さっている。
体内にたまった血液や水を抜く。

ドレーンも抜く指示が出た。

医師が来て、目の前で抜いた。

パーーーーンっ!!!

凄い音がした。

幾度も通ってきた道なのに抜くところを目にしたのは初めてだった。


起き上がるのも激痛。

トイレもつらくて、ベッド上で簡易トイレ。
うまくいかずベッドが汚れ、
シーツ交換で、痛みに耐えながらベッドから降りなければならなくなる。

赤ちゃんの時は、どれほど痛いかわからなかっだけど、
成長してくると痛みを訴える姿がみていられない。

私も大人になってした手術は。ひどく痛く苦しかった。

経験しないとわからない苦しみだ。

体調は絶不調だが、
ICUからハイケア病棟に移動となる。

移動するには時間が決まっている。
受け入れ先病棟の準備できる時間の指示がある。

どこの病院も同じなのかは知らないが…
昔から、ここの病院の看護師さん達は、ちがう科の看護師さんと対立傾向にある…😅

よく、悪口を聞く。
グループ化ってやつなのだろうか。

だから、
違う病棟にいくと、とっても気まづいらしい。

だから、移動の際は、看護師さんも微妙な空気をだす。

14時に移動の連絡が来た。

13時50分。
移動準備開始、荷物もバッチリ。

ICUのベッドを空ける。

しかし、
「まだあと10分だから待ってて。」

痛みでうめいている娘。
動くことも痛くて泣き叫ぶ。

仕方なく、ICUの入り口で、待機。

「早く行くと、怒られちゃうんだよね〜。ごめんね〜。」

毎回、こんなやりとりがある。

痛い時くらい、ギリギリに動かして欲しい…😭

そんなのは、痛がる患者には関係ない。
早く移動するなり、寝かせるさせてあげてほしい。

14時になり、ようやく移動。
看護師さんは、移動処理が終わると気まづそうに早々帰っていく。

くだらない女子のグループ化をやめて
気持ちよく仕事して欲しいなぁ。

娘の傷は、背中のほうまでパックリ切っているので相当痛いらしい。

ひどく痛がり何日たっでも変わらなかった。

ベッドから動くたび、起き上がるたびに悲鳴をあげた。

24時間泣いていた。

医師からは早く治すためにどんどん動いてと言われた。

辛くて、泣いていた。
親としても、動かなきゃいけないんだってってお尻を叩くにも、あまりの苦痛を見ているから辛かった。

同じ部屋に同級生の女の子もいて、その子は電池パックだけの交換なので、皮膚の部分しか切らない。
その子は回復が早く元気に動いていた。

当たり前だ。

なのに、保育士さんは、その子と比べて娘にいった。

「○○ちゃんもペースメーカーの手術でけど、動いてるし、そんなに痛くないはずだから動いた方がいらいよ。」
って。

保育士さんは、詳しく手術の内容は知らないだろうし、その子と娘がした手術が全く違う内容だと知らないだろうし、
脇から切る手術の方が痛いと知らないだろう。

だから、仕方ない。
責める気はない。

けれど、そういう言葉は激励にはならない。

自分が痛みに弱いと責められてるだけで、辛いだけだ。

先生は、切ったことありますか?
この手術をしたことありますか?

「そんなに痛くないはずだから、頑張って動いて。」

それでは、辛い。

先生は言っていた。
背中のほうまでかなり切ってるか相当痛いと。

子供だって大人だって、辛い。

動かなきゃいけないのはわかっていても、辛いことはわかって欲しいと思う。

一度その気持ちを全て受け止めてくれなきゃ、頑張れないよ。

その後、
何度かペースメーカーの検査がなされた後、再手術は免れた。

しかし、手術の侵襲はくる。

このペースメーカーに変えたことでどうなるか?!

退院後は、学校にはいかずじっくり体調と向き合う。

この病院、
当時のスーパードクターがいた頃は、大手術をしようが4日とかで帰される。

沢山の心臓難病児を救うためだ。

傷は親がよく観察しなけるばならない。

これが、また恐ろしい。
うんでるのか何なのかわからない。

毎日手術の傷と向き合う。
私は写真をとることで毎日の変化を比べた。

ドキドキの日を過ごしながら、痛みも消えてきてくれた。

ご飯も食べられれようになっていった。

家に帰ることがいちばんの薬。

これは、毎回実感することだ。