運動会に出ないという選択!2020 | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!

運動会には出ない!
という選択。

息子はもちろん、出る。

娘は、出ないという選択をした。

小学校最後の運動会。

学校には行けてないけど、
毎年運動会だけは出たくて頑張っていた。

1番は、「表現」をやりたくて。

幼稚園にほとんど通ってない彼女は、

「練習する。ダンスをする。発表する。」

ということを、初めて1年の運動会でやった。

体育禁止の彼女だったが、
他の登校は全て捨て、
運動会の練習の日だけ、
1時間参加することを選び、
運動会に出るという目標に向かった。

それも、簡単ではなく、脱水しないよう、ダウンしないように、休みながら、抱っこしながら。

毎回参加はきついので、私がビデオを撮りに行き、それを家で練習した。

学校にいった時は友達に教えてもらった。

初めて叶った運動会でのダンス、
すごくすごく楽しそうに輝いていた✨✨

体力保持のために、退場の時は、私が必ずおんぶした。

徒競走は、私がおんぶして走った。
ゴール直前に下ろして、最後のゴールだけはする。

それは、それは、私はとっても恥ずかしい。
一年生相手に本気ダッシュ💨
生徒を抜かしすぎてもいけないし、さじ加減も必要。

1年も、2年も、3年も。

だんだん、学年が上がるにつれて、
参加できる競技はなくなった。

3年からは、怪我が危なくて断念。

4年では、表現でも縄跳びを使うダンスになり、何も出られるものはなくなった。

せめて、徒競走だけでも、達成感を感じてほしかった。

「どうする?
おんぶ?一人でチャレンジしてみる?」
と聞くと、

「走ってみたい!」
と言った。

しかし、4年は、急に80メートル。
長い。

任せた。

医師からは、一発勝負にしてくれ。
と言われた。

もう、この頃、入院三昧。
学校には、8日くらいしか行けなかった4年生。

運動会の為に、直前まで入院した。

それでも、顔はパンパンに浮腫んでいた。

いざ!!
正直、どうなるか怖かった。

走れたとしても、後が怖い。

走った!彼女は走った!
ゆっくりスキップのように。

一緒に走っていたメンバーは、はるか先。
みんな、ゴールした。

そんなことは、全く気にしない娘は、自由に。
羽を得たように、ニコニコ嬉しそうに走っていた✨✨

念のため、近くにいて欲しいと言われていた私は、内側を一緒に走りながら涙した。

「○○ちゃん、頑張ってーーー!」
と知らないお母さんたちの声援が聞こえた。

ゴールした先では、何人かの先生が、「よくやった😭」「頑張ったねー😭」と言ってくれた。

勿論、この翌週には入院したけど、
それでも、彼女が得た成功体験は大きかった。

毎日吐いて、頭痛と下痢とダルさで寝込んでいた
時だった。

よくやった。よく生きた。

5年で学校に行けたのは、やはり3日くらい。
しかし、先生が訪問してくれた時期。

ソーラン節は激しくて無理。
しゃがめない。

本人の希望で、号令を出す役に。

衣装の長さ調整は、自分で縫う!
それを先生が教えてくれた。

これも、彼女なりの運動会だった。

この年は、もう走るのはキツいのか、
ゴール近くから1人で走る!と決めて、みんなと途中で合流して走った。

6年になってからは、一度も登校していない。
教育委員会からは、支援クラスが増えたことにより、ようやくついた先生を切られてしまい訪問はしてもらえなくなった。
さらにコロナ。

先生からメールがくるくらいの関わりのみ。

勉強は変わらず自主学習。

たぶん学校に少しなら行けなくもないはず、だけど、行きたがらない。

もう、怖さも強い。

今年の運動会は、どうしたいか??
何度か聞いた。

徒競走だけでも、やりたいか?

答えは、ずっと、
「いや。いいかな?」

最後のジャッジ。
「出なくていいかな。」

あんなに毎年楽しそうだったし、
6年最後だし…なんて、

親はつい思ってしまうけど、

でも、本人にとっては、そんな大事な話じゃないのかもしれない。

そもそも、ほとんど通ってないので、
小学校が6年間という概念も、あまり感じない。

卒業というものに、何の達成感も感じない。

運動会より、他のことで楽しみたい!
なら、それでいいわけで、

体力温存して、
違うことをしたほうが得られることは沢山ある。

そんなもんだな〜。
と、しみじみ思う。

色んな生き方、色んな社会があっていい。

観客にまわるという選択をした2020。