学びより自立と経験を優先することにした! | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!



ブログは過去を遡って書いているが、今回は今のことを残したいと思う。

現在、娘は小6。
小6まで生きれた✨

病状は、難病や重度心不全の難しい予後に加え、
たんぱくが漏れる病気が悪化し、入院三昧。

点滴を外すとどんどん悪くなる為、家にいられるのはどんなに耐えても2か月。
それから更に悪化し、この前は3週間で強制入院。

3年前に、
5年後、10年後の姿は想像出来ない。
5年以内には確実に腎不全にもなると言われている。

頻繁な入院と、水分制限の苦しみに、娘は精神的にも参って、緩和ケアをいれながら精神面もサポート中。

私は、寿命を聞いてからは、もうこれからは楽しいことだけをすれば良いと思い、毎日夢を叶える、願いを叶える、と誓いありとあらゆる願いを叶える為に紛争中。

でもって、わがままになりつつある😅

今は進路の時期。
小学校には今はまるで通ってない。
2年までは3分の1の日くらいを、完全付き添いで1.2時間だけ通っていた。

ここにもかなりの歴史と苦悩があるので、またいつか書きます。

とりあえず、昨日の話を。
感染面、体調面を考えると、なかなか通うことが難しい彼女。

知的はない彼女は、厳しい社会で生きる力も必要だ
しかし、著しく体力もないし、入院ばかりだし、勉強はかなり遅れてしまった。

更にコロナもきて、訪問籍も悩ましくなり難航。
オンライン化がどこまで進むか!自治体がどこまでオッケーするかが課題で、その答えもでないから決めかねていた。

怒涛の昨日の話を。

感染が不安で、
以前、親だけで話し合いに行った中学校。

しかし、もう最終ジャッジ。

退院している今しかない。

娘の目で見て自分で進路を決めてもらう。

地元中学校個別学級。
特別支援学校の訪問籍。

朝一、地元中学の校長と娘で話し合ってもらう。
さすが、やり手の元支援学校校長の校長。

とてもやる気で、オンライン、登校時の個別対応、訪問まで考えてくれている。
非常勤サポートも必ず頼んでくれるという。

自治体からは端末は年度内に全家庭配布されるように決まり、校長がオンライン配信用の組織を作るという。

高校進学を考えるなら、ある程度、教育の義務は受けたい。
今は小学校は完全孤立状態にある。

双方向はまだ自治体が反対してるが、授業は受けられる可能性が見えた。
小3で申請したエレベーターは、県には車椅子じゃないからと、あっさり却下。しかし、ようやく叶ったエレベーターも中2には建設予定。

やはり、この、やり手の校長と副校長のやる気を信じて、チャレンジしたい!そう思えた。

とりあえず一度入ってみて、辛かったら特別支援学校に行こう!
そう話し合いをしながら、スーパーへ。

食べてみたいという吉野家を買い、
帰宅後、自己点滴準備。
週に一度、自宅で免疫の点滴をお尻にさしてます。

が、小さなお尻にもう刺す場所もなくトラブルばかり。
1時間痛い痛い、やめたいと泣いてます。
私も本当はやめたい。でも免疫が漏れているのでやっておきたい…と葛藤しながら、痛がる娘にさしてます。

ズッシリ、ストレスがかかる。
痛がる娘もやる前からかなりのストレス。
そのストレスに、平常心で対応しようとする自分にまたストレス。

かなり腫れて痛いというが、時間もなく…
ご飯作ってすぐに急遽見学予約を入れてもらった支援学校に。

ヤバイ…出ようとするが、私の具合がすごく悪くなってきた。

自律神経がピーク…

車でも吐き気が止まらない。

理由はわかっている。
私には感染が怖い学校、
付添のせいで蕁麻疹並のストレスがある学校。

その学校という場に二つも足を踏み入れること。
大きく運命を変えてしまう進路。
嫌で仕方ない自己点滴。

極度のストレスが重なり、ピークがきた。

しかし、退院出来てる今しかタイミングはない。

行ってしまえば、また交感神経が活発になりスイッチが入る。

支援学校のコーディネーターの先生は…もろ私のタイプどんぴしゃの先生だった😍

ちぇ!指輪してた💍

そんなことより、何より、この人…
2年前、私が泣きついて電話交渉していた先生だった😭😭😭

完全教室付添必須で小学校には自立もさせてもらえず、通うこともできず。病弱児学級も院内学級があるからと作ってもらえず、病弱児の院内学級に問い合わせたら入れないと言われ…教育委員会の言い分には納得できない話ばかり。

自力で特別支援学校と地元小学校に話をつけて、体調がいい時には地元にたまに通い、体調が悪い時には訪問ができる支援学校の副学籍が可能かどうかを交渉した。

その交渉内容を繋いで、教育委員会に伝えた。

そんでもって話はいい感じに進んだのに、心臓だから肢体不自由に入れないんじゃないか?と言われ、結局全て白紙で、地元小にどうにかしてもらってください…で終わった。

その時に、地元小学校の児童専任の先生と一緒に頑張ってくれた先生だった。

あの後、一人先生がついて訪問してくれている話は聞いていたらしく、中学のタイミングで来るかと思っていてくれたようだ。

今またサポートの先生を切られてしまった話をしたら先生もびっくり。

っていうか、今、この完全に教育を受けられていない今をどうにかしたいよね!と盛り上がった。

とにかく色んな経験をさせてあげたいと考えてくれていた。

学校には、刺激を与えるウォーターベッドや音が振動して音楽を楽しめるクッション、温水プール、自分で入れそうな小さなトイレ、ヨギボー、ミラーボール、トランポリン。

子供には魅力的だった。

しかし、高校進学、就職を考えるとかなり悩んだ。
また、支援学校から地元中学に戻るのは例がない。

まずは地元中学から試したい、そんな思いで決めてはいた。

が、、、魅力的。
何より先生達がやっぱり魅力的。
あとは、座位が疲れる娘が休める場所がある。

しかも、先生の考え方と私の考え方は意気投合。
感染対策も独自のガイドラインを作っていて、消毒してから次の子と接触するようだ。

いい。
最高だ。

しかし、本人に決めてもらう。

本人は、支援学校がいいと即答。

自立したいのだ。
一人で通いたいのだ。
可能ならバスにのり、一人で学校とやらに行きたいのだ。

訪問級予定だったが、そうではなく一人で学校に通いたい思いがあるのでスクーリング。

私は、進学より、先生のいう経験を目指したい。

私が付き添わなくても入れてくれるというプール。
私が付き添わなくてもいいという教室。
私が付き添わなくてもいい給食。

彼女が、自立できるチャンスは今しかない。

春にはどれだけ退院できているかはわからない。
だけど、その時の一回だけでもいい、
一人でバスに乗り、
1人で学校に行き、
疲れたら休ませてもらい、
帰りも1人でもしも最後まで学校で過ごせる日があったら、
それは、それは、万万歳。

感動の体験だ!!

わたしは、「どうにかします!!」

と言ってくれた、この先生を信じてみたい。

帰ってすぐに、意思を、特別教育総合センターに伝えた。

が、、、最終決定で、
この子が支援学校に通えるかどうかは、わからない。

教育委員会からは大どんでん返しのラッシュだから、信用はできない…😭