ソファー軟禁生活 35 | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!

検査が終わり、再び退院の時がきた。

嬉しさ半分、
残りは、また過労死寸前の毎日が始まるかと思うと憂鬱な気持ちにもなった。

だけど、今回は、睡眠薬みたいなものが処方されている。

少しでも眠ってくれーーーーー!!!
と願い退院した。

2回目の手術の予定は、理想は生後6ヶ月。
これも、思い通りにはいかないのですが…これは、またのちのち書きます。

帰ってからは、
相変わらず、抱っこじゃないと一睡もしない娘。

睡眠薬も効いてる気はあまりしない。

しかし、多少成長もあるのか、前のとんでもない毎日よりはほんの少しよくなった気もしなくはない。

首が座らない為、
両手でしっかり抱くしかないので、
何もできない。

おんぶ紐を使っても、必ず手を添えてないと眠ない。
泣くと苦しくなる。の繰り返し。

しかし、ある事を発見した。

赤ちゃんを、
タオルケットごと抱っこする。

そのまま寝たら、まずソファーに座れるかを試す。

座るとすぐに気づくから、何度も振り出しなんだけど、いつかは座れる時がくる。

ソファーに座ったら、授乳クッションをお腹に挟む。
それを台にする。

この時点でまた泣くので、授乳クッションの上であやす。

そのまま成功すれば、座ることが可能になる。

は〜〜〜〜〜〜〜。

ガチガチになった腕を少しやすませることが出来た😭

『レベル2.母は座る事を手に入れた!!!!』

さて、ここからは…

ん?動けない…。

ご飯も食べれない。
トイレもいけない。

だから、慣れてからは、
動けない前提で、
パンや飲み物、TVのリモコンをソファーに準備。

そうやって何とか寝かしつけた。

搾乳の時は、諦めて立ち上がり、泣いてもやるしかない。
苦しくなろうが、どうしようもない。

鬼にならないと、何も出来ない。

そうじも、ご飯の支度も、
朝、パパがいるうちに、作るようになっていった。

だから、煮込み料理ばかりになる。

これを繰り返していくうちに、
また一つ進化する。

いつの日か、動ける方法はないかと試行錯誤し、

少し体がしっかりしてからは、
授乳クッションや座布団ごと抱っこすることにした。
手を使うから、手が離れた瞬間に気付くので、

手でなく、クッションだけが、赤ちゃんに直接触れているようにして寝かしつける。

そして、寝たら、
そ〜っと、そ〜っと、クッション事床に着地✨

授乳クッションの時は、形状上、赤ちゃんを乗せるにはかなり不安定。
危なくないように、周りにタオルなどをする。

やったーーーーーー✨

レベル3に昇格!!!

トイレにいける時間を手に入れた!!
薬の準備などを、やれる時に準備して、だんだん効率も良くなってきた!

日々、そんな格闘をし、前の過労死寸前モードは卒業した。

自動揺りかご機も、ベビーベッドも、まるで使える時がないまま…
生後2ヶ月になっていった。

この後、とんでもない地獄が待っているとは
つゆしらず、
静かな幸せを感じていた日々だった。

その一方、外来では、毎回毎回、うざいくらいに水分制限増えないか?直接吸わせられないからと聞いていた。

なかなかそんな日はやってこないけど成長と共に50cc増えた時もあった。

心臓病の子の子育ては難しい。

水分制限や泣かせないもそうだけど、
温度調節も難しい。

血流が悪く抹消血管までいかないから真夏でもミトンや靴下を履かせたほうがいい。と言われた。

TVや雑誌では、足や指の感覚が脳を刺激するので感覚を大事にと言うけど、そんなものは当てはまらなかった。

身体は汗をかかないのに、頭だけは汗びっしょりになる。
心臓病の子は、みんな頭だけ汗びっしょり。

体温調節が下手なので、
暑くても暑いと気づかないままこもっていく。

赤ちゃんは、暑がりだから薄着で!!
が、子育ての原則だけど、
私は不安で、重ね着をさせてしまっていた。

身体は汗もかかないから、暑いか寒いかも不明。

巷では、
おむつのみの赤ちゃんをよく見たけど、不安で出来なかった。

何が正解かわからない。
誰にも聞けない。

いまだに、答えはわからない。