バタバタと運ばれていった赤ちゃんが、
新生児医の手に抱っこされて戻ってきた。
幸い、当直が胎児診断の名医。
助産師さんにも、
「○○先生で良かったね!」
と言われた。
喜びと共に、
戻ってきた子を、まずチェック。
泣き声は、極小で力がない。
フガフガ言うくらい。
指の数…5本。
顔つき…ダウン症かどうかよくわからない。
ん!!
お腹に乳首みたいな出来物がある…😭
腫瘍?何?
髪の毛ビッシリ…ショートカット💦
とりあえず、時間はない。
急いでカンガルーケアを勧められる。
噂通り、目の見えないままオッパイを探している。
神秘!!
無事に産めた…!!!
最大のプレッシャーから解放された気分だった。
お腹で1日でも長く育てる。
無事に育てなければ。
というプレッシャーから。
行動も心も制限してきた。
やっと解放された。
これから先の不安はどうでも良くなった。
やっと逢えた喜びの方が大きくて、
不安などどうでも良くなった。
カンガルーケアも一瞬。
刻一刻と苦しくなってしまう病気。
すぐに、サヨナラして、
治療の為、
再び、新生児医が急いでNICUへ連れて行く。
産めた興奮は冷め、心配が一気に押し寄せた。
治療に向かう人生にシフトチェンジ。
ここから、新しいレイヤーに足を踏み入れる。
新たな覚悟をした。
出産したのは朝6時。
傷の処置が終わり病室へ移動したのは7時。
産んだはずなのに、横にはいない。
そんな悲しみが訪れた。
身体はぐったりだけど、眠れない。
そうこうしているうちに、
母乳を出すトレーニングが始まった。
痛い…。必死に手で絞り出す。
初乳はオレンジ。
免疫たっぷりの大事な初乳。
私が出来るのはこれだけ。
願いながら絞る。
搾乳して、NICUに届ける。
それが病児のママのお仕事だった。
再び、赤ちゃんの顔が見れたのは午後3時。
9時間ぶりの対面だった。
初めて踏み入れたNICU。
沢山の赤ちゃんベッドや保育器にまみれていた。
みたこともない小さな赤ちゃん、
トラブルを抱えているとわかる容姿をした赤ちゃんがいた。
狭い部屋にとにかく沢山の患者さん。
その中に、私の子がいた。
姿をみて、痛々しさに涙が溢れた。
「産まれてきてくれてありがとう」と「ゴメン」
動脈管が閉じるのを遅らせる為に、頭は窒素療法のためにBoxを被せられていた。
オペが入れられる時を待つまで、この窒素療法とプロスタングランデインの点滴でもたせる。
決して穏やかではない顔をしていた。
苦しそうな表情に見えた。
産まれたままの血がついた頭のまま。
拭き取らない方がいいらしくそのままだった。
足には点滴らしき管、血の通ったルートが見えた。
沢山のモニターや管。
姉達の産まれたばかりの赤ちゃん達とは真逆の、
想像もしていなかった姿だった。
管に気をつけながら、少しの抱っこが許可された。
一瞬だけ。
体温を感じられた。
私の赤ちゃん。
幸せを感じられた。
苦しくなってしまうので、急いで戻す。
そんな幸せも束の間…
すぐに、
私達夫婦は医師達との面会が用意された。
私が産んだ直後には、新生児医、小児循環器医などが集まり、エコーや検査が始まる。
そして素早く、診断が進んでいくのだ。
