《 ※ パート① から続く・・・ 》
【 ※ 以下は 個人的見解 = 自分が正しいと言いたい訳では無い。 】
想うに。
人はみな、十人十色・千差万別であって、「 みんな違って・みんな良い 」 という、
過去の日記で書き残した想いに、変化はありません。
ただ、この地球上で、人間として生きていくのであれば、
『 察してちゃん 』
と呼ばれるタイプに関しては、かなりキビシイ世界かもしれません。
まず、人としての成長や、自立が出来ていなければ、他人と 意見を交換することすら、
ままならないのでは ないでしょうか?
例えば・・・
僕が 10代の頃に流行った最先端のアイテムである、ポケベル。
それが僅か 20年で余りで 世の中からは消え去り、スマホで動画が見られる時代です。
そんな時代にあって、
「 私は今でも ポケベルが良いの! なぜみんな 解ってくれないの? 」
と言って、共感してくれる相手を探したところで、一体どれだけの人が居るでしょうか?
時代は、自分が思っているよりも早く、進んでいます。
であるならば、過去に囚われたり 執着している暇はなく、時代の変化や流れに沿って、
自らも 成長する努力や工夫をしなければ、マズいのではないでしょうか?
もちろん、人それぞれに、速度の違いはあったとしても・・・。
簡単な話。
『 保つものは保ち、捨てるものは捨て、変えるものは変える。 』
という、自身のバージョンアップを怠ったり、変化することを恐れていたりしていては、
地球や周囲との波長や波動が、どんどん狂って行くのは 当然のことなのです。
その現実を、見ようとも 受け入れようともせず、自身の理想ばかりを追い求めて、
ただ、「 自分のことを察して欲しい 」 と、周囲に要求し続ける限り、
やがて誰もが、哀れみや、寂しさを感じながら、そっと、そばを離れて行くと思います。
少なくとも今回、僕は 確信してしまいました。
「 もはや自分は、察してちゃんのチカラには、なれないんだな~ (涙) 」 と。。。
そもそも。
他人に、自分がして欲しいことも伝えずに、察して対応して欲しい という要求自体が、
理不尽な話です。
しかも、求めているものが、
“ 信頼できる人が欲しい ”
というのなら、まだ話は分かるが、
“ 心の依存先 が欲しい ”
となると、
もはや 僕には手に負えず、僕自身の、“ 人間としての無力さ ” を認めるしかありません。。。
自分に責任を持たず、他人に甘えたいだけの、残念な人にさえ想えてしまいますし、
何なら、周囲が わざわざ察してあげる必要性も、全く無いようにさえ感じるからです。
無論。
「 察してちゃんの 心の依存先 になってあげられるのは、自分しか居ない 」
と想えたり、それが 優しさ だと想うタイプの人なら、付き合い続けることは可能でしょう。
現に、そーゆーのを売りに 商売をしている人たちは、世の中たくさん居るわけですし
( なんちゃらカウンセラーとか、占い師とか、先生と呼ばれて浮かれてる人達とか... )、
そーゆー人たちを 心の拠り所にするのも、個人の自由だと思います。
けれど、僕と同じように、
「 まずは 早く、人としての成長や、自立を促したほうが、相手にとって良いこと 」
と感じたり、それが 相手を想う 優しさ だと考えるタイプの人種にとっては、
断腸の思いで 距離を置くか、いっそのこと 縁を切る以外に、選択の余地が ないのです (涙)。
とりあえず、基本的な話。
他人の心情と、自分の感情を、混同して考えている時点で、おかしな話です。
他人を、自分の所有物 とでも勘違いしているかのような、ヤバい発想です。
他人には他人の考えや、限られた時間 があります。
他人には他人の 人生設計があり、それに集中できる、環境や仲間が必要です。
それを互いに尊重し、理解し合えるからこそ、
『 補い合い ・ 支え合う 』
という、当たり前の関係性が 出来あがるんです。
一番身近な存在であり、共有する時間が長い 夫婦や家族、仕事の仲間などに関しては、
言わずもがなです。
であるにも係わらず、「 察しないのは相手が悪い 」 だとか、自身に非があることに気付かず、
離れて行った人に対して、「 あいつに裏切られた 」 などと言う発言は、ただの愚か者です。
自分に気を引くためなのか、Aの前ではBの悪口を言い、Bの前ではAの悪口を言うなど、
かえって自分の評価を下げる行為は、早急に止めた方が良い。
相手を尊重しているかのように振る舞い、一方 その陰では、関係の無い人をも巻き込んで、
その人の悪口を 吹聴するという行為なども。。。
あとは・・・
どれだけきれい事を言っても、他人への思いやりに欠けた言動が、節々に垣間見えることで、
「 あぁこの人、結局は自分のことしか考えてないんだな~ 」 と、周囲に悟られやすい。
不毛なプライドを捨てきれず、世の中の流れに対して、自らのバージョンアップを怠り、
賞味期限の切れた 理想論だけを、いつまでも語っている。
そうした理想論や、ビジョンの無い夢だけは永遠と語るのに、変化する行動が一向に伴わず、
いつしか周囲に、「 成長の無い、口先だけの人 」 だと愛想をつかれ、不信感を持たれてしまう。
なのに、自分の人生が、理想通りに進まないのは、
「 自分の気持ちを 察してくれる人が、周囲に居ないからだ! 」
と、被害妄想を持っている。。。
と、僕が、察してちゃん に感じる部分は、そんなところかなぁ~?
あ!!!
文字なので、かなり辛辣なことを言っているように感じられるかも知れませんが、
ソフトクリームを舐めながら読むと、ちょうど良い塩梅になるはずです (笑)。
というか・・・
よくよく俯瞰して見ると・・・
これって、程度の差はあれど、人間の約8割に当てはまる 共通点かもしれない???
今まさに、また、新たな発見をした気分です (笑)。
とにかく。
僕の これまでの人生の中で結構な数いた、妙な哀れみや、寂しさを感じてしまう人達には、
こうした共通点が あるのです。
人間としての成長がストップしていたり、極端に 成長速度が 遅かったり・・・。
残念ですが、このタイプの人間は、本人が変革しない限り、周りに人が集まることは無く、
むしろ、知らず知らずの内に 取り残されて行くのは、自然な流れなのかな~と思います。
自分が察してもらう前に、相手に察せられて。。。
とりあえず僕は 今後、
『 察してちゃん 』
と呼ばれるタイプの人達や、これから先、これらに近い人種に出会った場合、
「 “ 好き・嫌い ” ではなく、ただただ “ 苦手 ” である。 」
とか、
「 貴方との距離感も 察せず に、余計なお節介を焼いて、どうもスミマセンでした~ 」
という感情を抱きつつ、究極の愛を持って、“ 早急に離れる ” という手を打つ機会が、
これからは増えるんだろうな~?
と、ある意味、察しがつきました。
お互いに、お互いのためを想って、距離を置く。。。
そういった判断が、これからの時代、大切になるのかも知れませんね。
THE END。
【 追伸 】
察してちゃんタイプを 可愛い と想える懐の持ち主も、この世に居るでしょから、
苦手 を克服するために、自分には持ち合わせていない、そーゆーチカラのある人に出会って、
弟子入りしたいと思います!
と、、、一瞬 思ったんですけど、
「 苦手を克服するより、得意を伸ばす方が、人生の費用対効果が良い 」
という、生まれつき持ち合わせた、根本的な思考の方が勝ってしまったので、
前言を撤回いたします。。。