YouTubeのレンタルで、この映画を観た。
今上映している「死霊館のシスター 呪いの秘密」の、前作のほう。
小説「十字架の女」(大川隆法 著)の元ネタになっている部分があると聞いて。
観たのは1週間前なので、あまり覚えてなく、ただの薄い備忘録です。(多少のネタバレを含みますが、ストーリーは追っていません。)
正統派のゴシック・ホラーって感じ?
最初から最後まで画面が暗い…
後になるほど怖くて(大体そうか)、YouTubeの紹介動画のコメント欄に、「映画館でビックリしてポップコーンばら撒いた人がいた」と書いてた😆😆😆
でも、最後エクソシストが負けて悪魔が勝って「何が言いたいんじゃ」となるような映画ではなく、本物のエクソシストの方がインスパイアされて小説を書きたくなるような映画だというのは分かった。(それは、後でリンクを貼るリバティWebの記事を読んだからだけど)
ある修道院でシスターが自★した。
バチカンから、ベテラン神父が呼ばれ、現地に行って真相を確かめ、磁場がどうなってるかを確認してくるよう言われる。助手として見習いシスターを付けると。彼女は土地勘があるからと言われたが、ホントは土地勘はない。
この見習いシスター、アイリーンが主人公なんだけど、幼少時から幻視・幻聴があったらしく、その時、毎回同じメッセージが聞こえてくる。噂を聞いて、その霊力を確かめるため、教会の偉い人が訪ねてきたことがある。
この時、バチカンはアイリーンがこの修道院の謎を解く鍵を握っていることを把握してたってことか。だから助手に付けたんだろうな。
「十字架の女」でも、アグネスという主人公が冒頭で犯罪に巻き込まれ、気を失い、ある教会に匿われ、自分には神秘的な力が備わっていることに気付いていく。その噂を聞きつけ、東京の教会の偉い人から呼び出される。悪魔憑きなのか、本物の霊能力なのか調べられる。
この辺が一緒。
霊能力を持ってたら偉い人に調べられるのか。悪魔憑きだったら捕まるし、本物だったらシスターにさせられる? 偉い人よりエクソシスト能力が高かったら都合が悪いだろうし、大変だな。
映画でも、ベテラン神父さんはあまり活躍してない。悪魔を地獄へ送り返したのはアイリーン。
若くて穢れが少ない、素直な信仰心を持っている女性の方が強い!?
自分の力(フォース)で相手を倒すんじゃなく、神と一体となり、自分を通して神の力が働いて相手をぶっ飛ばすんだから、純粋さ、敬虔さ、素直さ、まっすぐな神への絶対的信仰心を持ってる人が一番強いということか。
ベテラン神父さんは、ベテランだけあり、失敗経験もあって、その時の心の傷や後悔が残ってて、その隙をまた悪魔に狙われるという場面もあったりした。
悪霊・悪魔は、こちらが気にしてること、引きずってること、執着してる部分をいつも責めてくるよねえ。
この時、「私は神の子だ!」と言い切ることが大事なのと、神の名を呼んで祈ることが大事なのよね。
神の名を知らないと呼べない。
今世初めて明かされた、神の名。
この神の名を祈りにて呼べる自分は幸運だ。いやマジで。これからの時代、信仰なくして生きていくのは大変。
YouTubeのおすすめで、2025年7月に日本がエライことになるとか、日本に救世主が現れるとかいう動画が、毎日上がってくる。
いや、すでにいらっしゃってますよ。
知ってるけど知らないフリをして動画作ってるの?
このネタは何万、何十万すぐ行くし?
それとも知らないのかな…
救世主は「法」の中にいるのよね。
話を戻し…
アイリーンもアグネスも、ある時点で自分の能力は神に捧げるため授かったものと確信する瞬間が訪れ、「終生誓願」を立てる。一生を神に捧げて生きる誓い。
これを立てることにより、悪魔と戦う法力が与えられるみたい。(悪魔と戦う人は滅多にいないし、終生誓願を立てさえすれば悪魔に勝てるわけでもない。)
在家信者で、普段この世のしがらみにまみれ生活してて、朝と夜だけ短いお祈りして…みたいな私のような人間ではムリね。小さい悪霊くらいなら追い払えるけど。(それも、経文を持ってて経文を覚えているからできること。)
こういうシーンが、同業者の方が観たら「よく分かってるな」とビビッとくるところなのかな?
この映画を観て一番感じたのは、シスターという存在へのリスペクトなんだけど、アイリーンは特殊なシスター。
一般的な意味での「宗教家」という職業について、改めて考えさせられるものがあった。
この世的に仕事能力が高かったり、お金を稼ぐ能力の高い人は存在価値高いけど、宗教家って何のためにいるのか分からない…と思う人いると思う。私も以前はそうだった。
地上の人間を悪霊・悪魔から守ったり(見えないだけでウヨウヨいて影響を受けているよ)、守護霊や天上界の諸霊と交流したりするための宗教的磁場を護るため、宗教家は俗世を離れ、教会や精舎で祈ったり作務をしたり宗教的儀式や祈願をしたりする。
その建物もレンタルでは穢れが取れないので、自前で建てる必要がある。
そのためのお布施も、差し出す人の心・受け取る人の心・お金の出どころの3つが全て穢れなく、建設業者も心を清めて建立しなければ、こうした磁場ができない。
正しい宗教の施設は天上界の出先機関。
地上のあちこちにこうしたスポットがあるのは、俗世を断ち、自分の一生を神に捧げる人がいるからこそ維持できるもの。
今は、地上に楽しい事がたくさんあって、自己実現のチャンスもたくさんあるのに、これらをすべて捨て、神に己を捧げる人生を選ぶというのは、本当に難しい事だと思うな。
そんなことをつらつらと考えた映画だった。
本作で最後、悪魔に打ち勝つ切り札となる、あるものがあるんだけど(映画の最初からこれを探し始め、最後にこれでトドメを刺す)、本当の最終兵器は、モノではなく「祈り」なのよね。
十字架とか聖水とか、悪霊・悪魔のほうは、慣れてか? 笑ってるらしいし。(何かの霊言で見た)
最新作では、武器をすべて奪われ、主への祈りのみで最後は戦うらしいので、観てみたいな。(この辺は11月16日まで上映らしい)
この修道院、以前は違う目的で使われていて…それを浄化・封印するため、修道院にしたんだろうから、普通の教会や修道院、精舎とは、目的が違う。
シスター「たち」の、命を賭け、その使命を果たさんとする篤い信仰心に、打たれるものがあった。
(2回見て、それに気づいた。)