GWの2日目は神楽坂で、20年ぶりに同級生と再会を果たしました。
Mちゃんは小学校時代の仲良しでした。お母さんの留学に伴って、アメリカへ渡り、以後中学2年までカリフォルニアで過ごしたそう。中学生の時に数日間だけ一時帰国、でも、配属されたクラスが違って、あまり話をする事なく帰って行った記憶が。
その後、高校受験前に香川県に帰国し、その後、私自身も自分の事で夢中で次第にお便りが途切れてしまったと記憶していました。
Mちゃんが東京に居ると知ったのは、教員時代に受験生を指導する上で、何か論文を検索していてヒットしたのがMちゃんの名前。珍しい名前なので、本人かもしれないと思いながら、もう一度名前で検索をかけてみたところ、彼女の写真入りのHPが・・・東京の国立大学を出て(あのT大)、私立大学で助教をしている、と。
その事自体は私自身も忘れていたのですが、退職し、実家で引っ越しの片付けをしていると、Mちゃんの手紙が全部出てきたのです。
思い返してみると、Mちゃんの手紙にはアメリカは西海岸の様子が満載でした。
ピクニックに行って、木の下に置いていたバッグのお菓子を食べられてしまったので、クマが出た-!
って騒いだら、実はリスの仕業だった・・・
小学校の授業では絵を思いっきり描いたり、バイオリンを弾いたりする授業がある・・・
ヨセミテ国立公園に行った、小学校の卒業式はダンスパーティーでヒールを履いて、おめかしして、男の子と踊らないといけない・・・
等々。アメリカの風と小学生ながらにしっかりとした文章で、大人になった今、どの手紙を読み返しても、彼女の冴え渡る感性や文才を感じるのです。
更には、同封されていたのはアメリカのピンバッチや、ポスター、葉書・・・沢山のお便りをもらっていたのに、疎遠にしていたことを後悔したのです。
そして、何よりも、きっと小学生や中学生の自分にとっては英語学習や異文化への憧れの起爆剤みたいなものだった筈で、それを伝えられていない事を残念に感じました。
どこかで、きっと元気だとは思っていたけれど、お礼を伝えたいと思った事もあって、昨年思い切ってHPにアクセスしてみたのでした。
するとお返事が来て、私をよく覚えているとのこと。それからポツポツとお便りのやり取りを。今回東京で自由時間が取れるなら、Mちゃんと会おう!と決めて、電話をしてみたら即OK!
飯田橋駅に到着して、遠くからでも、やっぱり彼女とすぐ認識出来ました。
そして、神楽坂の素敵な水上カフェはオープンテラスで、目の前を流れる川ではボートを楽しむ人達。もう散ったけど新緑の桜並木が綺麗で、イタリアンのランチも美味しく感じます。
Mちゃんと喋ること喋ること3時間。お互い33歳のいい歳になっているのに、でもどこか小学生の頃を彷彿とさせる声や仕草が面白いのです。
また会う事を約束して別れて、それから銀座へ向かいました。
都会の雑踏とはこのこと。沢山の人で溢れて、誰もが消費社会へ向かって列をなしている様な空気。
アメリカから入ってきた激安ブランドやアパレルメーカーに若い人達が群がっています。
それを脇目に、消費大国、経済大国アメリカにも、もっと良い時代があった事、そして本当は消費することなど幸せでないとそろそろ気がつかなくてはと感じながら、それでもやはりショーウインドウを覗いてしまう私。
電飾でいっぱいの夜の銀座のビルも綺麗、しかし一体これは誰に向かって光る光なのか。私達は何に向かっているのか。Mちゃんと私に過ぎていったそれぞれの20年間を思い返しながら、「銀ブラ」するのもまたオツなのでした。

