ドニゼッティのオペラ、アンナ・ボレーナ2
「圧倒的な成功」であった。
ドニゼッティの師である
かつての弟子を「マエストロ」と
呼ぶようになった[3]。
また、イタリア・オペラ界においても
ドニゼッティは一躍
「イタリアオペラ界における
最も輝ける名前」となった[3]。
- 初演から19世紀後半にかけての状況
1830年のイタリア初演の後、
テアトル・ドルレアンにおいて
アメリカ初演が行われている。
アメリカ初演に際しては、
フランス語で上演されている。
1850年からヴェリズモが台頭する
1881年まで、25都市で上演がされ、
人気を博した[4]。
しかし1881年以降、
上演は稀になっていった。
- 1950年代まで
20世紀前半には
ほとんど上演されなかった本作が
頻繁に上演されるようになったのは、
第二次世界大戦後のことである。
リセウ大劇場の開場100周年を記念して
上演された
(同劇場は、1847年に本作品で開場している)。
アンナはサラ・スクデッリ、
セイモーをジュリエッタ・シミオナート、
エンリーコ8世はチェーザレ・シエピという
キャストであった。
1957年4月にはスカラ座初演が行われ、
アンナをマリア・カラスが演じている。
この上演は、
演出の元で行われた。
この上演に関して、
カラスの伝記を記した
ユルゲン・ケスティングは、
「この公演は、
マリア・カラスのキャリアにおいても
ひとつの頂点となっている。」
[5]と述べている。
なお、この上演は録音が残されている(後述)。
米国のサンタフェ・オペラにおいて、
「ほぼ1世紀以上ぶりとなる
全曲ノーカット上演」[6]が行われた。