ドニゼッティのオペラ、アンナ・ボレーナ2 | アルページュの日記

ドニゼッティのオペラ、アンナ・ボレーナ2

1830年12月26日の初演は、

「圧倒的な成功」であった。

ドニゼッティの師である

ヨハン・ジモン・マイールは、

かつての弟子を「マエストロ」と

呼ぶようになった[3]

また、イタリア・オペラ界においても

ドニゼッティは一躍

ロッシーニベッリーニと並ぶ

「イタリアオペラ界における

最も輝ける名前」となった[3]

初演から19世紀後半にかけての状況

1830年のイタリア初演の後、

本作は1831年7月8日

ロンドン王立劇場でイギリス初演され、

1839年11月12日には

ニューオーリンズ

テアトル・ドルレアンにおいて

アメリカ初演が行われている。

アメリカ初演に際しては、

フランス語で上演されている。

1850年からヴェリズモが台頭する

1881年まで、25都市で上演がされ、

人気を博した[4]

しかし1881年以降、

上演は稀になっていった。

1950年代まで

20世紀前半には

ほとんど上演されなかった本作が

頻繁に上演されるようになったのは、

第二次世界大戦後のことである。

1947年12月30日バルセロナ

リセウ大劇場の開場100周年を記念して

上演された

(同劇場は、1847年に本作品で開場している)。

アンナはサラ・スクデッリ

セイモーをジュリエッタ・シミオナート

エンリーコ8世はチェーザレ・シエピという

キャストであった。

1957年4月にはスカラ座初演が行われ、

アンナをマリア・カラスが演じている。

この上演は、

ルキノ・ヴィスコンティ

演出の元で行われた。

この上演に関して、

カラスの伝記を記した

ユルゲン・ケスティングは、

「この公演は、

マリア・カラスのキャリアにおいても

ひとつの頂点となっている。」

[5]と述べている。

なお、この上演は録音が残されている(後述)。

1959年6月26日には

米国のサンタフェ・オペラにおいて、

「ほぼ1世紀以上ぶりとなる

全曲ノーカット上演」[6]が行われた。