1992年 ミホノブルボン | セオリー

1992年 ミホノブルボン

  1992/馬 出走 G1 G2 主な実績(G1)
1番 サクラバクシンオー 21 11 2 1 93.94スプリンター
2番 ニシノフラワー 16 7 3 2 91阪牝、92桜花、92スプリンター
3番 レガシーワールド 30 7 1 1 93JC
4番 ミホノブルボン 8 7 3 2 91朝日、92皐月、92ダービー
5番 ライスシャワー 25 6 3 1 92菊花、93天皇賞春、95天皇賞春
6番 トロットサンダー 13 7 2   95マイル、96安田
7番 マチカネタンホイザ 32 8   3  
8番 セキテイリュウオー 26 5      
9番 アイルトンシンボリ 26 6      
               

この年が自分の競馬デビュー年で、初めて買った馬券が、ミホノブルボンとライスのダービーだ。

枠で買ったら間違って当たってしまった 

ってな事で、10年以上続く競馬漬けの日々が始まる記念すべき年なのだ。

ミホノブルボンは今でも一番好きだ。

ビデオは勿論、調教師戸山氏の「鍛えて最強馬をつくる」という本まで買って、のめり込んだ。

その本は今はもう無いのだが、その中で、戸山氏のジョッキー時代の騎乗馬にのせてもらえず苦労した事。武豊や岡部に乗せたがる馬主の意向をまったく聞く耳持たず愛弟子、小島貞騎手(現調教師)にミホノブルボンを乗せ続けた事等。頑固な性格の影で人間味溢れる話に胸を打たれた事を今でも覚えてる。

翌年戸山氏は病気の為亡くなるのだが、ミホノブルボンやレガシーワールドなど信念を貫き通した結果が花開くのである。 実は、「信念を貫き通す」と言う事を、この戸山氏の本を読んで自分は今でも影響を受けてる一人なのだ。


本題に入ると、ミホノとライスどちらが代表か迷ったが、個人的にミホノでお願いだ。

ミホノブルボンの一番凄いレースは、三冠馬まであと一勝と迫った菊花賞(初の負)。

4コーナーで刺客ライスシャワーに抜群の手応えで抜かれ、マチカネタンホンザにも抜かれ馬群に呑まれそうになったラスト2ハロン。マチカネを差し返し2着を死守したレースが一番感動したレースだ。

ミホンノ引退後、ライスは長期に渡ってステイヤーとして天皇賞を2勝し、最後は骨折により・・・。

サクラバクシンオーやニシノフラワーなど短距離界でも名馬を輩出した世代だった。