あの世に逝くと、苦しみや痛みから解放され
誰もが仏様になると言われています
亡くなった方は
あの世に逝って楽になったのだと思うと
私的には悲しみが少し和らぎます
養母は6年闘病生活を病院で送り
2年前に家族全員が見守る中で永眠しました
【親の死を受け入れる事ができるだろうか?】
闘病生活6年の間ずっと考えていましたが
養母の存在がこの世から無くなる事を
凄く恐れていたように思います
だから私は養母に【生きる】事を求め続けました
でもお別れの日が近づいたとき
あの世に逝くと苦しみや痛みから解放され、
誰もが仏様になる!!と言う言葉を目にし
養母の命の炎が消える当日に
ようやく私は【死】と言うものを受け入れれました
あれから早いもので2年が経ちました
身体はこの世にはないけど家で
こうして一緒にいれて入院生活と変わらず
お世話が出来ている事が幸せで
常に身近に感じられて寂しさは日に日に和らぎました
死を受け入れよう!受け入れよう!とすると
悲しみは倍増しますが
私は【死を受け入れる】事はやめて
養母を苦しみから解放させてあげれた!と理解し
私より少し先に【仏様になって天国で待ってくれている】という考え方に意識に変わりました
そう思った時に少しの間
遠くに行ってる養母に
お手紙を書いて届けたいと思い
今回《天国への手紙》を書きポストに投函しました
供養=忘れることだとか、想いを断ち切ることだとか書かれているのを目にした事がありますが
私は本当の供養は【亡き人を思い出し感謝をする事】だと思っています
故人への悲しみという感情がある!という事は
その方への【想い入れが強い証】
亡き人と共に人生を歩んでいく、
亡き人の遺志を引き継いで生きていく
その姿を見て子供達の【死生観】も
この二年で変わってきたようにも感じ
こうして亡き人の遺志を受け継ぐバトンリレーが
母から子(私)孫…ひ孫と続いていけたらいいな!と思っています
神話で【あの世とこの世の境】とされる【黄泉✴︎比良坂(よもつひらさか)】にある【天国への手紙】を託せる小さなポストは年に一度お焚き上げて大切な人へ
届けられます。
養母が亡くなる前に枕元で沢山の思い出話もしたし
感謝も伝えました
そして毎日お仏壇に手を合わせて話しかけてますが
【亡き人を思い手紙を書く】ということを
初めて体験し私はこんなにまだまだ
沢山お母さんに伝えたい事があったんだ?と
知れたと共に
なんでしょう?この表現できない
なんとも言えない清々しい感覚…
おそらく本当の意味で私の中で
【心の一区切り】がついたのだと思います
この場(黄泉✴︎比良坂)を知れた事や
来れた事これも【ご縁】
そして今
この私のこの記事に出会えた方も、
何かしらの意味があり【ご縁】を
頂けたのだと思います
ご縁とは【人生がくれたサイン】だと思います
このサインをどう受け止めどう行動するか?
この記事を読んだ方に
もしも大切な方を亡くした方がいらっしゃったら
今日この瞬間
その方を思い出してさしあげてくださいね



