斉藤一人さんの本も好きでよく読んでます


その中で、


「諦める」  は、本来、 物事を明らかにして眺める 


という意味合いで


「開き直る」 は、自分の胸を開き、傾いている心をまっすぐにする


ということ


日本語は、とても奥が深くてたやすく暴言を吐くものではないなあと


最近特に思います。


他に、名取 芳彦さん(住職)の方の本にも


言葉の 「は」 は、物事の本質から出た先端のこと


山の派の「は」 も


刃の 「は」 も


木の葉の「は」も幹や枝から出た部分


あくまでも本質あっての先端


ことばも同じで、本体はそれを話す話し手の心


心が悪ければ、言葉も悪くなる


そうとなれば、心を磨くしかない


もし、人を傷つけてしまったら、まだ自分の心の磨き方が足りないのでしょう・・・・・・と。


そして、傷つけられたとしても


「あ~~この方はまだ磨き方が足りないのね~~」と交わせるくらいの平常心も


持ち備えたいものです・・・実際、難しいですがガーン


自分の心を乱すようなことは自分で収めたいと思うのでした。