先日の関西での台風直撃、そして北海道の地震被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。

  北海道の山々が崩れ落ちた写真を見たときこのままではまずいと思いました。

少し今回は長文になりますし、過激な言葉も出てくると思うのでご注意下さい。

  西日本豪雨の後から私の頭の中に「何故学ばぬ」と言う言葉が浮かびました。

ここからは少し昔からの話になります。
戦前、我々のおじいちゃん、おばあちゃんの時代田舎では薪をくべてお風呂に入っていたので山に入り落ち葉をかき集め、折れた木の枝を山からいただいてお風呂や、食事を作る竈に使っていました。そして、山も大切に整えられていたので熊や猪たちも食べるものが有り人里に下りてくる事は有りませんでした。
  今では、山は荒れ落ち葉や落ちた木の枝は腐り腐葉土となり山の保水性は徐々に失われていきました。動物たちも山が荒れ食料が無くなり危険と知りながらも山里まで下りてくる用になりました。
  更に、私たちは地球再生エネルギーと言うことで山を切り開き其処にソーラーパネルを並べました。ソーラーパネルは、今ではかなり山奥まで設置されました。
  この愚行により本来自然のダムである山は完全にその力を失ってしまいました。

  私的には、あの黒いソーラーパネルを見る度に恐怖すら感じてしまいます。

 そして、戦後田畑にも恐怖が近づいてきました。除草剤です。私の祖父母は隣の人が除草剤を畑の畦道に撒くだけでも嫌がってその下に有った畑は使いませんでしたが。そして、その人からいただいた野菜も身体に悪いと破棄してました。
  草は大地に根を張り抜いても抜いてもすぐに生えてくるので厄介では有りました。でも、地中深くかなりしっかり根を張ってくれるので少々雨が降ろうとも崖が崩れ無いよう守ってくれていました。
 多くの人が便利だからと除草剤を使うようになったため、草の根も護岸の役目を果たさなくなりました。

 私たちは、私たちの一番大切にしなくてはならない大地を、土を殺してしまいました。土が弱っているので野菜も以前より栄養価が低くなってきています。

  街は、コンクリートとアスファルトに埋め尽くされ土の部分が無くなりました。

  今、地球は人間の身勝手な行動により、呼吸出来なくなっていると思われます。

  なのに、人間たちは未だに自分達の私利私欲を捨てず自然を敬わないでいる。
今有る命も、土地も全て借り物でしかない事に気づくべき時が来ています。自分と言う肉体を失うとき借りていた物は返さなくてはなりません。
 本来「来たときよりも美しく」して返さなくてはならないのにどんどん汚しまくっています。

かつてこの国には八百万の神様がいると考えられていました。全ての物に神が宿っていて、あらゆる場所にも神様がいらっしゃる。そして私たちの行動は全て陰日向無くお天道様に見られている。だから悪いことは出来ない。

  私たちが完璧だと思った関空も、神戸の人工島も自然の前では無力です。私たちの今目の前で起こりつつ有ることは全て私たちの想定を越えた物です。



便利さと引き換えに失ってきた自然に対する敬意、感謝の心今取り戻さなければ取り返しのつかない事に。

  特に今回の北海道の土砂崩れの写真を見たときは恐怖しか感じませんでした。


 https://goo.gl/images/ZYmYoj

 何故、様々な自然災害から学ばないのか?どんなに堤防を高くしようとも森や山を守り育てない限り温暖化が進み、台風は勢力を増し、また想定外の事が起こると思います。

  ダムを作り治水事業を進めていますが、人間に水を治める事が出来るのかなあ?治水って言葉自体人間の傲慢さの現れの気がするなあ。

とにかく、一刻も早く森や山を蘇らせなくては。