この資本社会で生活を維持するために取り敢えず働くしかない仕組みと言うのが、ゆったりと思考出来る時間を奪ってもいます。人々は自己にも他者にも様々なものに『ラベル』を貼ってでしかものを見れなくされている。
若いから、もう歳だから。
痩せているから、太っているから。
学歴が浅いから、大学を出たのに。
出自が貧しいから、お金に困った事がないから。
美しいから、不細工だから。
生まれつき発達障碍だから、生まれつき賢いから。
何だそれはと思います。
それは何のメカニズムを持ってして断じているんですか?
目の前に来た情報1つに思考の土台を作られ、その不確かなラベルの上で何もかもを判断し生活し続ける。
この社会に価値ある判断基準から作られた『見方』は全て不必要です。
まず自身の身体と精神を確保するために必要なものは『認知力』。
・自他境界
・認知力
・神経科学
・身体の安全域の確保
その生まれた環境で安全を感じられずに生きてきた人ほど、身体の凝りは重く粘着質です。
誰かと一緒になって確保する不確かな幻想よりも、自身1人で過度な他者からの慰めも心身の沈殿も不要となる精神構造と認知力の底上げを人はすべきなのです。
話変わって、かの有名なラ・ムーというスーパーに行って来たのですが、日曜日という事もあり大変混雑していました。
そして大容量のパンの安さに驚きを喰らいました。
1パック100円のたこ焼き屋を買おうと思って行ったのですが、長蛇の列で諦めました。
諦めずに次の機会に狙いたいと思います。
家族で連れ合って買い物に来ている人々、1人で買い物をしている人、皆1日1日を生き抜くために各々が精一杯脳と身体を使って生きています。
怠けながら、性根入れて、自分のやる気が湧くものを『自分で作りながら』、自身や他者からの期待や羨望なんて認識範囲は潰して、ただ自身と他者の心身の安全性を配慮しながらときめくものを追いましょう。
食べ物であれ、酒であれ、依存性のある嗜好品であれ、特定の行為であれ、『時間感覚』をまだ味方に出来ない段階ではそれらに寄り掛かって良いんです。
人は目にする耳にする情報概念で変化し続ける生き物です。
自身が今苦しんでいる事柄がこの先あと20年続くとして、それはあなた自身の選ばされる情報概念の範囲が限定されているだけなのです。
日本の発達認知の著書も様々とありますが、自身の罹った精神的疾患のラベルを外せずにいるのなら、海外の神経科学の著書を購読する事をお勧めします。
認知する情報範囲を変え、そしてその後にやっと身体の神経は安全性を覚えていくんです。
ゆっくりゆっくりと。
私は甘い物がやめられず毎日摂取しています。