自分の変化が面白いな。って思う。。。
前回書いた、変なヴィジョンのお話。
そこに現れているのが、今の自分なら。。。
なんかもう。
いろいろ終わってるな。。。と。
そう感じた。
だって、あの自分、、、
多分、人間じゃないもの。。。
ああいう誘導催眠を使って、
今まで幾度か見てきた様々なヴィジョン。
辛いのもあったし、
幸せなのもあったし。
そういった、今までの自分たちと、
今回のヴィジョンの中の自分は、、、
明らかに違ってた。
なんというかね、今回のは。
そこに、人間っぽい「感情」みたいなものが、
一切なかったの。
それだけじゃなくて。
あれこれ、考えてもいないの。。。
ただそこには、、、
気持ちいい。とか、安心感とか。
感動する。。。とか。
そういう、「感覚」しかなかったの。
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人間っていうのは、五感がある身体があって、
いろんな感情があって、
シンプルなことを、わざわざ深刻に考えて
右往左往する思考を持っていて。
「知らない」「わからない」「みえない」「もっと欲しい」
という、ギフトが与えられてる。。。
そういう状態の中で経験する出来事を。
まるで、本物であるかのように
「実感」できることって。
本当に、、、貴重なこと。。。
「もとの私」が、わざわざ創った、
「人間」というゲーム。
ゲームっていうとね。
気分を害する人もいるのは
解ってるのだけど。。。
でも私には。
どうしても、そう見えてしまうの。
貴重で、、、儚いゲームに。。。
だからこそ、、、
ここにある
すべてをしっかり楽しみたいと。
ずっと、そう思って生きてきた。
自分に起こるいろんなことを。。。
そのすべてをひとつひとつ。
じっくり噛みしめるように。。。
どれひとつ、とりこぼすことのないように。。。と。
この前書いた、、、
伯母の自殺後、自分がちょっと鬱っぽくなり、
死にたいな。なんて思っているような時ですら。。。
「あぁ、、、こんな経験もまた、幸せ」
・・・と。
そう感じている自分が、
そこにいた。。。
そういう自分が。。。
常にいるの。
いてしまうの。。。
あの体験以来。。。
でもこの感覚は。。。
誰にも解ってもらえない。。。
人間としての自分には、、、
苦しいこととか、辛いことは、
それはもちろん、起こるし。
人間としての自分は、
辛いとか悲しいとか、「感じる」けど。
そういうことはすべて。。。
人間というドラマに過ぎない。。。と。
いろんなことを超越しちゃった自分が
常にそこにいて。
そのドラマを観ながら、、、
感動してた。
自分が今、
こんなに、完全に人間でいられることに。
人間でいるつもりになれていることに。
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それが、不思議なことに。。。
この1年で。
急激に、気持ちが変化した。
急に、、、
飽きてしまったの。
人間ドラマに。。。
なんでなのかは、解らない。
もう、解ろうとも思わない。
相変わらず、ここが貴重な場であることは
分かってはいるのだけど。
もう、、、人間はいいかな。
なんて気持ちがね。
この1年で、急に強くなった。。。
単に。
年をとっただけなのかなとも思いつつ。
でもそれが。
正直な、今の心境。。。
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人間としての。
想い出は、たくさん降り積もり。。。
もし本当に、過去生というものがあったのだとしたら、
そこには本当に、たくさんの想い出があるのだろうし。
Lyricaとしての人生で起こったことだけでも、
本当にたくさんあり。
もうそろそろ、
いろいろ、お腹いっぱい。
Lyricaとしての人生は。
ある時急に、、、
忘れていた、本来の自分の姿を
思い出させられ。
そのせいで、人間に与えられた「ギフト」を、
多少剥ぎ取られ。
そんな状態で人間を経験したら、
それは一体、どんなドラマになるのでしょう?
・・・みたいな人生だったような気がする。
それは、ある意味孤独で。
寂しくて。。。
ある意味。。。
常に幸せと安心感に包まれていて。。。