今日は、久々のオフ。。。
なので久々に、長い独り言を語りたくなりました。
「Lyricaさんって、人のこと好きじゃないでしょ」
・・・と、ある時言われたことがありましたけど、、、
もしかしたら、そうとも言えるのかもしれません。。。
正直言えば、、、私はけっこう、苦手な人多いです。。。(苦笑)
昔は、苦手と感じる相手にも、自分から飛び込んでいくタイプでしたが、、、
最近はもう、エネルギー切れで(笑)
苦手と感じた相手には、自ら近づかないことにしています。
・・・というか、、、来るものは拒まず、去るものは追わず。。。みたいな。
そんな感じですね。。。
なので、感情的な繋がりを強く求めるタイプの人はもしかしたら、、、
私のことを、「冷たい」と感じるかもしれないです。。。
私が苦手なのは、、、本音トークできない相手です。。。
隠されるのが、、、苦手なのです。
隠しても、、、透けて見えてしまうから。。。
そこに壁がたくさんあると、疲れちゃうのです。。。
私の方も、自分を偽らないといけなくなるから。。。
だから、セッションや講座の時は、ラクなのです。。。
その人のこと、すごく苦手だけど。。。
でも、すごく愛してる。。。
この気持ち、、、
一体、どれだけの人に解ってもらえるのか。。。と。。。
すべての人の本質は、、、「愛」。。。
それはもう、、、重々承知。。。
もう、、、イヤというほど。。。
だから、、、深い深いところではどんな人のことも
心から愛しているのです。
これは、、、嘘とか建前じゃなくて、本当の気持ちです。
でも、その人の表面的な部分、、、その仮面の部分。。。
人の思考、感情、肉体の部分を、ウイングメーカーでは、
「ヒューマン・インストゥルメント」というのですが、、、
その人があまりにも、そこに囚われてしまっている時、、、
その人があまりにも本質を忘れ去ってしまっている時、、、
私は、、、そこに「嫌悪感」を抱いてしまうことが、多々あるようです。
それは、その人自身に対する嫌悪感というよりかは、、、
もっと何か、、、他のものに対する嫌悪感なのだろうな。。。
でもこのあたりを、言葉で「説明」しようとすると、、、
大抵の場合は、反発をくらいます。
その人のマインドからね。。。
「そんなの、人間なんだから当たり前だ」
・・・と。
更に身を固くして、何かを守ってる。。。
そして私はなんだか、、、絶望的な気持ちになったりもして(苦笑)
ヒューマン・インストゥルメントに閉じ込められている本質を、
なんとかして解放してあげたい気持ちと、、、
それでも、、、すべては完璧であるのだという感覚。。。
私の中にあるそのパラドックスを、、、
なんとかして、解ってもらいたいと。。。
でも、、、それを説明しようとするたびに、
言葉を失い、、、途方に暮れた気持ちになったりもするのです。
いくら言葉で説明しようとしても、マインドからの強い抵抗にあい、、、
ああ言えばこう言うの、、、その繰り返しになってしまう経験をしたからです。
まぁ、、、その経験のおかげで、私はもう、、、
本気で諦めましたけれどもね(苦笑)
言葉を通して、、、解ってもらおうとすることを。。。
そして、、、
気づかせてあげたい。。。
楽になってもらいたい。。。と。。。
そう思う気持ちさえもが、、、自分のエゴだったんだな。。。と。
それもまた、、、重々解りました。
こんな私のエゴを受け入れてくれているのが、、、
実は、クライアントの方々なのですよ。。。
私のところにセッションや講座にいらっしゃる人達は、、、
とにかく、ハートをオープンにして私の言葉に耳を傾けてくれるのです。
それを受け入れるか受け入れないかは、クライアントさんご自身の
選択ですので、すべてを受け入れてもらえなくても、
それはそれでいいのです。。。
でもみなさん、ご自身のマインドのザワザワを抑えて、
私の話に、とりあえず「耳を傾ける」という姿勢を持っていてくれることは、
私にとっては、こう映るのです。。。
「あぁ、、、聴く準備が整っているのだなぁ。。。」と。。。
その姿勢が私を癒してくれて、、、
そして、、、感謝の気持ちがわいてくるのです。。。
セッションで出会う方々も、もちろんそうですが、、、
人生の中で出会う人というのは、みんながソウルメイトです。。。
魂のブループリントにおいて、、、
何かしらの約束をしてある方々なのでしょう。。。
時には味方になったり、、、時には敵同士になってみたりと。。。
そして、その中でも特に、今生で深く関わり合いましょうと約束した人に
出会ったときは、ほとんどの場合は、魂が教えてくれます。
「とんでもないシンクロ」
・・・というものを次々に起こして、その人のことが気になって
気になって仕方ない状態に、もっていかせるのです。
私の場合は、そういうシンクロが目印なのだけど、、、
たとえば、「一目惚れ」なんていうのも、そうなのかもしれませんね。
あまりにも奇跡的なことが続くので、どんどん心惹かれ、、、
次第にマインドが、、、「この人は、自分にとって何かあるなぁ。。。」と
確信し始めるのですが、マインドがそのあたりを確信すると、
なぜかシンクロは、ぴたりとやみます。
でも、、、そこからが、「本当の」おつきあいの始まりです。。。
この舞台上での。。。
そこからは、お互いのマインド同士の関わり合いになっていきますので、
楽しいことばかりではなくなっていくでしょう。。。
でもそこで、感情によっておこる暴風雨や、
思考の思い込みを乗り越えて、今生纏っているこの服を着たままで、、、
思考や感情を備えた、人間という状態を通したままで、
相手を完全に理解した時、、、
魂はきっと、、、満足するのでしょうね。。。
完全に理解するというのは、、、
相手の中にある「純粋な愛」を、完全に見つけられた時です。。。
私の中のそれを、、、
完全に見つけてくれているな。。。と、私自身が感じるまでに、
どこまでもどこまでも私と向かい合ってくれた人は、
実は、、、非常に少なくて。
今のところ、、、夫と、娘と、息子ぐらいかな。。。
父と母でさえ、、、その領域にまでは達しなかった。。。
それは、相手のせいだけじゃなく、、、おそらく、
私自身の中にあった、何かのブロックも関係していたのでしょうが。。。
こんなに長く生きてきて、、、まだまだ、たった3人なのか。。。と。。。
まぁ、、、夫曰く、、、
私のことは、、、人一倍理解するのが難しいそうですので(苦笑)
それも納得なような、、、ちょっと、寂しいような。。。
英会話の先生と話していた時、人の習慣とか思考癖のお話になって、、、
その時彼が、こう言っていました。
「僕は、常に観察者なんだよ。。。
日本に長く住んではいるけど、やっぱり、その一部にはなれないんだ」
・・・と。
じゃぁ、イギリスにいた時は、イギリス人の一部だった?と聞くと、
彼は一瞬考えた後、「いや、、、いつも観察者だったかもしれない」と、
そう言っていました。。。
同じ射手座同士だからなのか。。。
似てるなぁ。。。と思いました。。。
私も、、、そこに完全に溶け込んで、その一部となって、、、
それを体験することって、出来ない。。。
なぜだかどこかで、、、離れているのです。。。
肉体や感情や思考を持った自分もたしかにいて、、、
ヒューマン・インストゥルメントとしての自分も確かにここにいて。。。
いろんなことを感じたり、いろんなことを考えたりしてる。。。
でも同時に、、、
いつもいつも、、、遠くからそれを見ている、、、
自分の思考や感情を、、、
まるで他人事のように、いつもいつも観察している自分がいて。。。
遠くからあれこれ観察しながら、どうしてもその一部になれない
その自分のことを、、、完全に忘れ去ることができない。。。
その私は、、、常に、、、
ここは本当の世界ではないのだと。。。
そう感じてる。。。
すべてを忘れて、、、この現実の、、、
この舞台の登場人物になりきってみたいのに。。。
私が完全な「観察者」になってしまったのは、、、
19歳でのあの体験のせいです。。。
あそこで私は、、、自分の本当の姿を、
完全に思い出してしまったからです。。。
それは、、、人間としての普通の苦しさからの、
完全な解放ではあったけれども。。。
同時に、、、とんでもない孤独を背負いこむことにもなりました。。。
あるサイキックな人に、、、
「あなたは19歳で一度死んでる。そこで人間としての経験を終了させて、
お仕事をするために、こっちに渡ってきてますね」
・・・と言われた時、正直、、、
「ふぅ。。。。。。。。。」
・・・と感じたのです。
思い出せて嬉しいというよりかは、、、
あぁぁぁ。。。。(涙)みたいな。。。
すごい、複雑な、、、いろんなものが入り交じった、
何とも言えない気持ちになったのです。
やっぱり、そうか。。。と納得した気持ちと、、、
いやだぁ。。。私は普通の人間なの~~~~!!!!と、
思いきり抵抗したかった気持ちと。。。
あれからもまだずっと、、、
心の中にその抵抗が多少残っていたけど、、、
先日受けたセッションで、、、もしかしたら、何かが解けた?
こんなことを、ブログで書いているくらいだから。。。
「Nothing but Everything」を、、、
ファースト・ソースを直接体験することによって起こることは、、、
記憶の完全な回復です。。。
記憶喪失から、すっかり蘇るのです。。。
自分が本当は誰だったのか、、、
それを思い出すのです。。。
それこそが、人を完全に解放する道、、、
これ以上ない、究極の癒しなのだと、、、
ずっとそう思ってきました。
仏陀もそう思ったから、、、
ヴィパサナを教えたのだろうと思う。。。
でも、さっき、、、なぜだかふと思ったのです。。。
もしかしたら、、、あれは、、、
必ずしも全員にとって必要な体験ではないのかもしれない。。。と。
舞台の上でその人に割り当てられた「役」を演じるために、、、
それを必要とする人のみが経験すればいいものなのかもしれないと。。。
だったら私は、、、この経験を自分自身の糧として、、、
そのうえで自分のできることをやっていく。。。
誰かに、自分の心境を解ってもらおうとするのではなく。。。。と。。。
そう思えてきたのです。。。
そうしたら、、、ずっと胸の奥にあった孤独感が、、、
少し和らいだような気がしました。。。
このビデオの後半、、、
ジェームズのピアノの即興が、、、
胸に響きます。。。