本物志向 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

昔から、「本物志向」ではあったのですが、常にそれは頭の中だけの理想でした。

 

なぜなら、現実がそれに追いついてくれなかったからです。

 

具体的に言えば、たとえば、経済的な問題とかもそうでしたが、、、

 

でも私の場合は、、、自分が本当にやりたいことほど、「無意識に我慢してしまう」

「無意識に他人に譲ってしまう」というところが、根本的な大きなブロックとなっていました。

 

自分がやりたいことをすることに対して、なぜか「罪悪感」を感じてしまうところがあり、

頭では解っていても、なかなかその「思考癖」は取れなかったりしたのですが、

ゼニスのおかげなのか、今ではそういうのも、全然なくなりました。

 

どこかの過去生の経験によって作られた「思考癖」

 

それが、「魂としての自分」ではなく、「エゴ・マインドとしての自分」というものを作っている

フィルターの色となり、そのフィルターの中には「美」や「愛」を表現するものもありますが、

中でも障害になるような「思考癖」のことを、「傷」とか「トラウマ」とか言いますね。

 

 

私は「エゴ・マインド」のことを、「フィルター」と呼ぶのが好きですが、、、

ダスカロスはそれを、「エレメンタル」と呼んでいます。

 

エレメンタル、、、って、「思念体」と言ってもいいのかもしれません。。。

 

ジェームズは、人のフィルター、エレメンタル(特に負の)が生まれてしまう原因、

その原理的なシステムのことを、「ヒューマン・マインド・システム」と称して、

解説してくれています。

 

今、「これが自分」だと思っている(思い込んでいる)「エゴ・マインドとしての私」。。。

 

ダスカロスはそれを「現在のパーソナリティ」と言っていましたが、その自分とは結局、

これまでの人生の経験の中で、自分が作り上げてきたエレメンタルの集合体ということです。

 

 

例えば、占星術での自分の出生ホロスコープに現れているものは、、、

そのフィルターの形です。

 

自分が、どんなエレメンタルに囲まれているのか。。。ということ。

 

なのでそこには、魂は表現されていません。

 

けれども人は、まずは自分のエゴ・マインドの部分、、、

自分のフィルターの形を「本当に」理解しないことには、他のことはまったく何も

理解できませんので、これは本当に、様々な賢者たちがずっと昔から

言い続けてきたように、まず最初にしなくてはいけないことは、「己を知る」。。。

 

・・・ということなんですね。

 

 

まずは自己観察、自己分析、内省。。。

 

ここから始めるのが王道ですが、私の場合は、その自己分析を行う際、、、

つまり、「自分のフィルターの形」を、自分のフィルター自身に惑わされずに

そのままの形でちゃんと理解するために、占星術がとても役立つ「ツール」となりました。

 

 

そんな占星術をカウンセリングに取り入れられればと思い、実は今までずっと、

先生の元で勉強を続けてきていたりもしたのですが、、、

 

難しいですねぇ。。。占星術って。

知れば知るほど、深い。。。

 

そして、知れば知るほど、語れなくなる(苦笑)

 

何でもそうですが、「それ」についてあれこれ語れるのは、、、

自分自身がまだまだ中途半端な時か、あとは、本物になった時だけなのかもしれない。。。

 

 

「本物志向」が現実化してきて、、、

 

例えば、家で使う食器ひとつにしても、こだわりの逸品を探したい欲求とか。。。

 

でも、そういった食器を食卓に並べたとしても、こっちが「これどう?」とか

聞かない限り、夫や息子はまるで無関心。

 

男の人なんて、こんなもんだよなぁ。。。とは解っているので、(すみません!)

今更文句を言う気もないのですけど(笑)

 

 

ただ、それで思ったのは、、、

例えば、陶芸家とか、器に興味を持っている人だったら、何も言わなくても

100均のお皿と、1枚〇万円もするお皿の違いはすぐに気づくだろうと。。。

 

つまり、解る人には解るけど、興味のない人にとっては、どちらのお皿も同じに見える。。。

 

 

昔聞いた話ですが、、、

 

チベットのお坊さんたちは、普段はあまり話さないし、一見なんてことない普通の

おじさんにしか見えないのだけど、彼らが相手に対して、「あ、この人は解ってる人だな」。。。

と認識すると、突然、ものすごい深い話をたくさん話し始めるのだそうです。

 

 

ダスカロスのお弟子さんだったハラランボスさん(ハリーさん)が、

ボソッとおっしゃってましたが、、、

 

「教会の修道士さんとか、お寺のお坊さんに会うと、どうしてあんなに

 気持ちがいいのだろう?

 

 彼らは知識とか、山ほど持ってるわけではないんですけどね。

 

 サークル(ダスカロスの)の人たちは、ものすごくたくさん知識を持ってるのに、

 話していて気持ち良くなかったりするのはなぜなんでしょう?」

 

・・・と。

 

もちろんハリーさん、全て解ってて、あえて疑問形でおっしゃってるのでしょうけれども。

 

 

本物とそうでないものを区別するには、自分がそのレベルにならないと難しいので、

本物と出会いたかったら、やっぱり日々精進しかない。。。

 

 

結局、、、

今回の人生の中で、私がやっていて本当に幸せを感じるこというのは、、、

「スピリチュアル的な成長のための試行錯誤」なんだなぁ。。。と。

 

最近、やっと、そういうのがハッキリ解りました。

 

「日々精進」と「家の事」をしている時が、今は一番幸せです☆