今年1月に母の一周忌を終えた辺りから、じんわりじわじわ、自分の中で眠らせてた感覚が蘇ってくる感じがしています。
桜の季節は、悲喜こもごもな人生の季節でもございますね。
母が昔、町内会で植えて歩いた桜が季節になると見事な桜並木山道として広島市の桜スポットにもなっています。
どの木を母が植えたのだろうか?と、当時を偲びながら、周辺の散歩を続けている今年の桜日和。
父が亡くなる前も、山を見ながら、
「来年は桜が見られるかなぁ」
と。
入学、卒業などと共に人生の大切なシーンに寄り添ってくれる桜。
外国で見る桜の蕾さえも喜びと、なんとなくの切なさを感じました。日本人には刷りこまれてるのでしょうね。きっと🌸


