心友の死という
大変ショックな出来事から
早1ヶ月が過ぎようとしています。
わたしは現在
彼女から託された(と、勝手に感じているのですが)
とてもとても大切な役割、でもそれは彼女からのギフトでもあるのですが、
その件で特にこのひと月は夢中で過ごしてきました。
Facebookのつぶやきを見て下さったり
今回の件に関しましては、皆様、優しいお気遣いの言葉を本当にありがとうございました。
書き込みが気になったからとメッセージを下さったり
ご来店の際に
「ブログで見ました。とてもショックでした」
「気になってお話をお聞きしたかったです」
と、わざわざお声を掛けていただいたりで、
皆様の優しさがとってもとっても身に染みました。
本当に本当にありがとうございます。
ご来店の際、直接彼女の事を聞いて下さった方は
皆様必ず涙して下さいました。
わたしが言うのも何なのですが、
それはそれは誰が聞いてもあり得ない程の
本当に波乱に満ちた壮絶な生涯でした。
今はお話を聞いていただけることで
わたし自身も自分の考えを整理したり
客観的に考える時間をいただけたりしています。
亡くなった直後は
わたしにはとても辛く重い役目があって
逆に悲しみに浸らずに乗り越えて来れました、
少し落ち着いて来た今
彼女にはもう会えないんだ。
じわじわそんな気持ちが湧いてくることもあって、堪らなく悲しい・・・
と言うより
とてもとても
辛い気持ちが襲ってきます。
またFacebookは彼女がよく
「FB見たよー」と言ってくれていた事もあり
まだまだ彼女を思い出してしまうので、今しばらくは控えさせていただいてます。
代わりに彼女はしていなかったので
手軽なInstagramに近況写真を載せています。
彼女の病状が深刻な状態であることを知ってからは
時間があれば彼女と行った神様の元へ伺ったり
お祓いを受けに行ったり
彼女の心の故郷とも言える場所へ行ったりもしていました。
このブログにアメンバー限定記事で彼女のことを記しておこうと思いましたが、一応サロンブログだから(笑)やはり別ブログに残すことにしました。
亡くなる少し前に
信仰深い彼女とこんなやり取りをしていました。
この時彼女はすでに余命宣告を受けた後でした。
冷静で前向きで
とてもとても大きい人でした。
(心友)
何年か前にじいじ(彼女が尊敬する精神世界の師匠のような方です)と話した時に、皆人生の青写真、課題を決めて生まれてくるって話で「欲張りすぎたかな~」って笑って言ったの思い出した~(  ̄▽ ̄)
あとは、自分の病気くらいやけど、それは無くて良かった~ってその時は思ってたわ(^o^)
(わたし)
Cちゃんは数奇な運命を辿っているけれど、その中で時々あり得ないような恵みを受けていて、何だろなあ、やっぱり今までの信仰心が何処かに繋がっているんやな。
あんた普通とちゃうわなぁ(笑)
(心友)
数奇な運命~なんかかっこええなぁ( ☆∀☆)照れるわ~( 〃▽〃)
テンション上がった~p(^-^)qありがとー
誰も悪くはない
だけど
何かが少し違っていたら
人生の岐路で別な道を選んでいたら
彼女はまだ死ななくて済んだかもしれません、
ついついそんな風に考えてしまいます。