出張 | アロマンサー気まぐれ雑記

出張

随分と長い間、ブログをサボってしまいました。高校なら留年確定ですね(笑)

時間は作るものとはいえ忙しく、巡回店にもいつもの半分以下のペースでしか行くことができません。ママたちからは、サボり過ぎ!のメールが。。。

とはいえ、新しくお気に入りの店ができたりもしています。でも、それは書きません。中姐と話が合う、マッサの相性がよいというだけでは、あまりにも個人的に過ぎ、しかも健全店過ぎて話にならないからです(笑)

さて、関西の3人交代でマッサをするスタイルとはどのようなものなのか…先輩エスターさんたちのブログに触発されて、大阪梅田にある2店舗を覗いてきました。

前夜に京都で受けたタイ古式オイルマッサ(タイ男性の施術)、帰京後に泊めてもらった都内の華系マッサと合わせて、24時間のうちに4店舗。久々にオイルまみれの俺らとなりました。

①「リラクゼーション・スポット・中医」
②「癒しのツボ」

①中医整体院堂山店に行くつもりで予約したのですが、場所がよく分からない。大東洋サウナの向かいと言われましたが、そこにはリラクゼーション中医の看板。パッチモンかと思い再度電話すると、そこでよいとのこと。あとで説明されましたが、本店は数軒離れたビルにありました。グーさんのブログ写真を後で思い出したのは、後の祭り。客をどのように仕分けしているかは不明ですが、電話応対が始めは中国語なので、華系の客や、本格中医は本店なのかもしれません。傘対策も含め、事情があるように感じました。

まだ夕刻。5時前なのに、椅子が7~8脚あるバーカウンターのような受付には先客が数人。ホストっぽいイケメン華系兄ちゃんの受付は、マッサ店のイメージではありません。オヂサンには似合わないかも(笑)
施術を終えて会計する客も次々に。小姐たちも走り回っていました。都内では最近は見かけなくなった光景。かなりの繁盛店です。

少しはサービスが違うかもと、東京から出張で来ました、東京でも超有名なここに来るのが夢でした、と強調。しかし、逆に怪しまれたのか、入り口近くの1番の部屋に案内されてしまいました(笑)

コースは10月限定・ネット掲載の前立腺と新前立腺のついた70分を、と思いきや、それはやっていないと断られ、仕方なく整体30分・下半身リンパ30分・新前立腺30分の90分コースに。

ゆるめのTバックを履き、その上に施術着を着てベッドにうつ伏せで待つこと2分。30代の男性整体師が、よろしくおねがいしますと入ってきました。驚きました。こちらは何も言っていないのに、腰と背骨に触れただけで、後半半分は頸椎中心の施術。悪いところを一発で見抜き、30分で腰から上の疲れをとってくれました。恐るべし中医です。あとで小姐に聞いたら、名前ちゃんと聞いた?、整体師いっぱいいるよ、下手なのもいるからね、と忠告されました。

タイマーがピピピと鳴り、無口な整体師は退出。次はかわゆいボインちゃん。施術着を脱いで仰向けに。頭の上に座り、両手で乳首をコリコリしながら顔面をパイズリマッサ!?

なかなかオツではありましたが、ほぼ30分、ひたすらこれだけ。酸欠で生命力を強化する施術か? ん?下半身リンパとちゃうやん。ひょっとして新前立腺が先か? しかも新前立腺とは乳首のことか? これは乳首で感じるお人限定の前立という浪花のダジャレなのか? 俺はこれぢゃ前立せんゾ! 面白過ぎて笑えませんでした(笑)

またピピピとタイマーが鳴って、少しピンク系に見える小姐登場。水準以上の女子ではありました。が、途中オイタを試すも、厚手のパンテーの上に厚手のパンスト。しかも、お手てを軽くピシッとされ、ダメですよの一言。キワキワを避けた下半身リンパ。隣の部屋からは、ハァーっという若者の艶かしいため息が聞こえてきたので、リンダリンダ音符と腰を振ってみるも、無駄無駄無駄。で、ピピピ。お疲れ様でした。やおら手を愚息の上に置き、延長します?

しませんプンプン。で、次のお店へ。

②梅田地下街の、泉の広場から地上に出てすぐのビル。マッサ店の密集地域のようです。

初めはアラフォーの上半身指圧。中医と梯子の旨を伝えると、先月若い娘が1人、この店から中医に移籍してしまったとのこと。しかし、この店も繁盛店で、施術中に満室となり、予約の電話も結構鳴ってました。

中姐の上半身背面30分がピピピと終わったら、今度は若くて可愛い娘の背面下半身&上半身表。お腹は結構微妙にグッドでした。

最後は下半身リンパですが、なかなかキワキワで、かすり事故もあり、一見さんには満足のゆく健全具合でした。ヌ○は当然ありません。

……今回の出張では、道頓堀・宗右衛門横丁界隈を散歩する機会もありましたが、やたら人が多い。飲食店の中より、外にたむろってる若者がやたら多い(笑)。

不景気はわが魂にも及んでいますが、東京よりも深刻なはずの大阪で、はからずも元気を戴いて帰途につきました。