「お前、行っちゃうんじゃないだろうな。」
ドックと二人きりの車内は重い空気が漂っていた。
西多摩署からのラブコールをもらった俺は、七曲署一係の中での噂の中心になっていた。西多摩署に転勤するのか、はたまた断って七曲署に残るのか。
まだ結論を出しかねている俺にドックが焦れて聞いてきたのだ。これがあるからドックと2人きりになるのを避けていたんだが、やはりこの話になってしまうんだな。
「ドック、花いちもんめって知ってますか?」
人気者だったであろうドックとは違い、俺はいつも最後まで残っていた。誰も欲しいと言ってくれなかった。それは社会に出てからも同じだった。そんな俺に対して来て欲しいと言っている署があるのは七曲署のおかげなのではないかと思っている。
思いのたけをドックに話した。どういう答えが返ってきてもそれを受け止めるつもりで。
「わかった。」
ドックはそう言うと笑顔を見せた。でも、気づいてしまった。うっすらと涙がにじんでいるのを。
夜勤の夜。
1人で出前のラーメンをすすっていた。
俺はどうしたらいいんだろう。
もう答えは出ていた。でも、心に引っかかるものがあるのも事実。
珍しく静かだった夜勤を終えて家路に着く。
取るものもとりあえずベッドに倒れ込む。
目が覚めるとお昼を回っていた。
スマホを確認すると着信がきていた。ドックからだ。
スマホを置くとシャワーで眠気を飛ばす。
ベッドの上に腰かけると壁にもたれて本を手に取る。
しばらく読んでいたが、やはり落ち着かない。
そんな時、スマホが鳴った。
「ジプシーか?今大丈夫か?」
事件を知らせる電話だった。
すぐにスーツに着替えて部屋を出る。
ドックの運転する車が滑り込んでくる。
「状況は?」
ドックにはそれだけで十分だ。現場、被害者、死因など次々と語られていく。
現場に着く頃には一通りのことが頭に入っていた。
聞き込みなどに分かれていた俺たちが集まったのは夜8時だった。
ボスの前に立ちそれぞれが報告をする。
「今日はこれで解散だ。」
ボスの声にみんなは帰っていく。俺はボスと2人になるのを待って声をかけた。
署を出ると星あかりが見えた。タバコに火をつけて歩き出したところで、クラクションの音が短く響いた。
音の方に視線を移すと、車の中にドックの姿を見つけた。
助手席に乗ると車はゆっくりと走り出した。
「話したのか?」
「えぇ。」
これだけで通じた。
車内は無言のままエンジン音だけが響いていた。