この世界の大切なことは、ずっと昔から多く人が伝え続けてきてくれた。
時代から時代へ、
インド、中国、エジプト、ギリシャ、、
さまざまな場所で思想は違えどもあらゆる偉大な先達たちが伝え続けてきてくれたものがたくさんあると思います。
大切なことほど具体的な言葉で記すことは難しいとここ数年、自分自身の体感でも感じていますが、
昔から語り継がれるものの多くも真理として、
抽象的な書き物や伝説、ストーリーとして保存されてきたようにも思います。
この世界この時代に普通に何事もなく生きていたら、もしかしたら特に深く何かを思うこともなく生きて死んでいくのかもしれません。
死ぬまでに何度かふと、自分の生きる意味を考え馳せることもあるのかもしれないけれど、
その問いの多くは一瞬のうちにまた日々に流れていくのでしょうか。
毎日が忙しくて、
・・・
ううん、そうなのかな、
忙しくしていないと不安なのかな、
悩んでいるようで、
悩みたいように私には見える人たちがたくさんいます。
悩みがなくなると、もぬけの殻のようになって自分の方向性を見失っていく人たちも見てきました。
「自分という存在」について考えることがないと、
今ある「悩み」や生活の「忙しない流れ」を失った時に、あっという間に自分自身の方向も見失うということ。
見失うというよりは、「何も見ていなかった」ということに気づくことが恐ろしすぎて、今あるものを手放せないのかもしれません。
だけど、
「私はなぜ生まれてきたのか」
「私はなぜここにいるのか」
「生きるとは何か」
「死ぬとは何か」
「地球とは」
「宇宙とは」
「命とは」
そんなことを常に考える人たちもある一定数いて、
それは学問としてではなく、自分自身としてその問いが自分の存在に必要であると感じる瞬間に出会う人たちがある一定数いて、
そういう人たちがそういった偉人の言葉に深く出会い、時に考え、時に力付けられ、
時に方向を示されていくことになる
ひとつ鍵を見つけ、そこにある流れのようなものを掴むことができたら、そんな幸運なことはないと私は思っている。
流れさえ見つけることができたら。
「そこに流れている大いなる力があるということさえ気づけたら」
その道に自ら足を踏み入れることができ、その道に導かれることができる。
日々、仕事を通してたくさんの人と出逢います。
たくさんの人の悩みや言葉をお聞きし、たくさんの意識の流れを拝観してきました。
潜在意識と顕在意識とよく言いますが、私たちの意識のほとんどは潜在的な場所に眠っていると言われていますよね。
…ちょっと表現がちがうな。
潜在意識は動いてるもんね。
意識のほとんどが潜在的な場所で動いているからこそ、
「私たちの日常は眠っている」
ですね。
身体のホメオスタシスの機能、これは生存本能
そして潜在意識の力、
この2つが私たちを平凡さの中にいつも押しとどめる。
わかっていても、動けない。
この力は絶大だと思う。
何も考えていない人も、何かを考えているような人も、
私たちはほとんどの場合において、何も知らないということを知らなければならないと私は思っています。
もちろん私も含めて。
たしかに私たちは日々色々なことをインプットして、何かを学べば知識を手に入れたようにも思います。
けれども、そうしたものを持ちながらも私たちは相変わらず無知で、理解していない。
真の知識とは、人から奪い去れないものだと聞いたことがあります。
私はそれを聞いた時、無性に納得した記憶があります。
それに気づき、知った時というのは、それに「なった(成った、為った)」時なのでしょう。
腑に落ちた時、とも言えるのかもしれません。
私たちに真に恩恵と力(power)を与えるものは、誰も奪い去ることができず、
感情や気分の起伏で変わるものでもなく、
身体の調子で変化するものでもなく、
本当の愛はたしかにそこに変わらず在るように、
それらもまたきっと変わらずそこに在り、誰にも侵されないものなのかなと、最近思うに至っております。
ただ生きるということと、
存在として気づき生きていく、というのは全く違うもののように思います。
私たちは何のために生まれてきたのか。
幸せってなんなんだろう。
自分を生きるってみんな言ってるけど、
それって本当にできているのだろうか。
「本当にしたいと思っているのだろうか。」
その声は、自我か真我か。
どちらか理解しているのだろうか。
自分は何を目指し、何を望み、何を意図していて、
何を得ようとしているのか。
それに答えることができるのか。
私たちは私たちそのものを学ばなければいけないと思っています。
けれどその前に、知らなければいけないことを知ることがスタートなのだと思います。
自分自身を知ること、
自分を動かすものを知ること、
自分の行動を止めるものを知ること、
他者を知ること、
他者とのつながりを知ること、
自分を喜ばせるものは何か、
またそのソースは何か
自分を哀しませるものは何か、
またそのソースは何か
知らなければ始まらない。
知ろうと思うと、「知らない」ということをまず気付かないと知ることさえ叶わない。
盲目であることを自覚して、
歩き出したい。
「私たちは何も知らない」
さ、今日もがんばろー🙌
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いつの時も
自分自身の生き方に真摯な人はいる。
そんな人たちの
可能性を拓く場を創ろう。
そう強く思い、
毎日たくさんの女性と心深く関わらせて頂ける場を創りたいと思っています。
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いつもありがとうございます・。♡
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