三十路から始める、ヲンナづくり。 -10ページ目

三十路から始める、ヲンナづくり。

前身ブログ『新・こんなおゲイの汚れ道。』よりリニューアル。
すいません、もうゲイは卒業です。
30代よりホルモン治療を開始し、
男性でも女性でもなく「女装性」として
生きていく覚悟を決めたアロムの迷走ぶりを見守って!

退院後初の診察だったけど、入院最終日におこなったMRI検査でも、異常が認められなかったみたい~。原因不明のまま!謎!

なのに、退院後もお腹の具合は不安定だし、まともにご飯食べられない…。

もう私の中では、「遅めにはじまった生理」ってことで解決させたわ!w

この腹痛も、「生理痛」なんだと思えば、ちょっと私の子宮が疼いているような気になります。(←これを想像生理という)


忘れないうちに書き留めておきたかったので、ここに書き残しておくけど、
先月の入院で、あらためて私は自分のジェンダー問題に直面したのである。

ゲイ時代~パートタイム女装してた時期は、普段の生活上は、まごう事なき『男子』だったので、公衆の場に出ても、男としてブレることはなかったんだけど、
今や女性ホルモン投与も2年近くになるし、豊胸までしちゃってるし、さらには救急車で病院に搬送された時にはフルメイクでもあったので(笑)、
病院という狭いコミュニティの中に入れられて、私はおおいに戸惑ったわ。

ましてや、病院側の都合で個室に入れられたのに、
「こちらは、差額ベッド代が1日14000円のお部屋です。個室利用申込書にサインお願いしますねー」
と、起き上がることすら困難な状況の私に、しゃらっと言ってのけるナースたち。

伏せった状態で、ワタシャ、早々に訴えたわ。

「私が自分で選択したならまだしも、選択の余地なしに入った個室のお金なんて払えません。
なので、早々に大部屋に移りたいんですけど、見ての通り、私、オカマでホルモンや豊胸もしてるし、男女どっちの部屋に入るべきかっていう問題が出てくるんですけど……。他の患者さんにご迷惑にならないのは、どっちなんでしょうね?」


こんな余計な心配ごとを入院して即しないといけないなんて、
「ほんとオカマってめんどくさい!」って心底イヤになったわ…。

でも、田舎の病院にしてはわりと寛容で(看護師長さんも、私がゲイ時代からお世話になってる人だったこともあり)、
「病室もトイレも、気を遣わない方でいいよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えて女性側に入ることになりました。

ただ、私の名前の表記だけは院内でしないということになり(わりと男らしい名前なのでw)、
病室入り口やベッドにある名札が取り外されたんだけど、
やっぱり不慣れなところが多々あったのでした。

例えば、点滴。

名前と生年月日が記載されているラベルに、下の名前の部分だけサインペンで黒塗りにしてくれるんだけど、うっかり黒塗りし忘れてる日があったり、
2本同時に点滴している時に、1本だけ黒塗りしてなかったりと、詰めの甘さがだだ漏れ(笑)。

ピンクの病衣も勧められたけど、「具合悪い時に、そんなの何色でもいいわ!!」って内心思ってたw

ま、できる限り配慮していただけたことだけでも感謝よね。

つか、見舞いにくる人たちが、女装だったりゲイだったり、オカマ率高すぎて、私自身も詰めが甘かったんだけども…w


とにかく、あらためて「男女どっちにも属さない中途半端な人間は、一般社会の生活にいろいろと支障を来す」ということを痛感させられた入院生活でした。

だからこそ、私は最近、改名手続きをはじめとする女性化を徹底しはじめているわけ。

ひとつひとつの支障は大したことでもないんだけど、
狙ってやってるわけでもないのに、他者を動揺させたり、社会のシステムをストップさせるようなことになると申し訳ない気持ちになるのよね~。

まあ、こんな人間も潜在的に多数存在することをアピールしていかないと、ずっと私みたいな人間が生きづらい世界なままになってしまうんだけどー。

いろいろ考えてたら疲れた。寝る。



3月に沖縄帰省した時に、ママンと買ったムームーを、私が務めるオカマバーでついに解禁!
帰省後、ママンが、うちの姉に「なみえさんは元気かねぇ?」って電話で話してたらしい。

私の前では、「なみえ」って呼んでなかったのに!( ゚Д゚)
でも、ちょっと受け入れてもらえたのかな…。嬉しいわ☆

先月亡くなったゲイの友人・航くんのお別れ会が、二丁目のクラブでおこなわれたので私も行ってきました。

しめやかに…なんてことはなく、パーティキングとしても知られる彼の旅立ちを祝すような、二丁目らしいクラブイベント式のお別れ会です。

たくさんの彼のポートレートが並び、その前には何百人もの彼のファンによる献花が。
私も献花させていただいたけど、そういえば、そのポートレートの中には、私自身も撮影スタッフとして携わったものもたくさんあったのでした。

ほんとに美しくて、魅力的な人だったなぁ。


なんて感傷に浸っていたら、
今度は、某レズビアンカップルが、準婚姻生活契約書なるものを作り、契りを交わしたという話が飛び込んできました。

準婚姻生活契約書というのは、婚姻ほどの法的な威力はないものの、共に生活をする相手との財産のことや、本人の承諾が必要な事柄の権利を共有できるようにする契約書類のことなのだとか。

しかも、それは同性間でも契約できるんですってー。

これは要するに「事実婚」ってことよ。

ひゃー!そんなのがあるなんて知らなかった!!

先月には、フランスをはじめ、アメリカのいくつかの州で同性婚が認められてたけど、日本もこんなLGBTが活用できる法制度があったのね!と感心。


ぶっちゃけ私は、全然結婚願望はない。
周囲に離婚してる人たちばっかだから(笑)。

でも、病弱なオカマをやってると、要所要所で血縁関係や婚姻関係にあることの偉大さを思い知らされる場面に出くわすわけ。

今回の入院もそうだったわ。

何をするにも、「ご家族は?」と問われ、そのたびに「近くに家族も親戚もいません! 全部自分でやります!」と切り捨て、
起き上がることもできないのに、入院手続き書や輸血同意書に横たわったまま自分でサインしとったわw

でも、私がもし意識不明になったとしたら、私の本名さえも知らないような恋人や同僚、オカマ友達ではどうすることもできなかったりするのね~。そして、逆パターンもまた然りなのね~。…と思ったら、なんともやるせなくなったり。


そんな時は、いつも「まぁ、それも自分で選んだ人生だから仕方ないか」と思うことにしてるんだけど、
準婚姻生活契約なんて制度も、望める相手さえいれば(笑)、簡単に実現できるんだと分かったら、ちょっとホッとした感じ。

自分で「法制度を使用しない」と選択するのと、もともと「選択する余地がない」のとじゃ、意味が全然違うもんね。


で、また冒頭に戻りますが、
航くんにも、素敵なゲイのパートナーがいたの。

航くんの最後を看取り、お別れ会の幹事もしてた。

たぶん、彼らは準婚姻生活契約はしてなかったと思うけど、
法の力に頼らずとも幸せにやれているカップルもいるのよね、と関係性の多様さを再認識。

うらやま~。


去年末、共演したイベントの楽屋にて。
航くんの自分撮り。「いい感じに撮れたね!」って笑い合ったの覚えてる。



お茶目~。アタシも…。


「バディチャンネル」にゲスト出演してもらった時の~


新宿二丁目に………


藤井隆が、、、


キタ━━━(゚∀゚).━━━!!!




AiSOTOPE LOUNGEで開催された『PARTY』というイベントに
シークレットゲストで登場して、ライブをおこなってくれたのよ!

来週リリースの松田聖子プロデュースの新曲をひっさげて!

She is my new town / I just want to hold you/藤井隆
¥1,000
Amazon.co.jp


ちょっとお話できたけど、超まじめな人だったわ☆

オカマたちにもすっごい腰が低くて、こちらが戸惑ってしまうくらい(笑)

一般の二丁目ピーポーたちへのサービスも素晴らしくて
快く写真をとってくれたり、サインしてくれたりしてた~。
感激~( ´∀`)

7月6日のAiSOTOPEの周年パーティでもライブしてくれるのが決定しているので、
またまたオカマたちを狂喜乱舞させてくれるはず☆

楽しみだわ~ん♪


藤井隆さんと、レズのなっちゃんと、ニューハーフの俺w


藤井さんのマネージャーさんが可愛かったので、
思わず一緒に写真とってもらっちゃった…。
私的すぎるだろ、そして、いい顔しすぎだろ、俺!w




退院早々、いろいろと仕事が立て込んでいて忙しいっす。

イベント出演した後、仕事直行して、朝8時までがんばったりね。
ご出勤していくリーマンの群れと逆行して家路につく時、ちょっぴりもの悲しい気持ちになるわw

ところで、入院中、私はできるだけお見舞いは断ってました。

グロッキーでくたびれた姿を見せたくないってのもあるし、気を遣うのがイヤっていうのもあるし、気を遣われるのもイヤっていうのがあって。

そんな私でも、女装友達のタオちゃんにだけは、入院直後で身動きとれない時に甘えてしまったわ。

「ケータイの充電器と、替えのパンツ……そして、ひげ剃り(T字)。ヒゲはえてきた…」

って連絡して(笑)。

そしたらその夜にすっ飛んできてくれて、頼んだ以上に配慮された品物を差し入れてくれて、ほんとに有り難かった~。できるオンナよ、タオちゃん。

あとは、職場の社長や元カレも来てくれたり、
さらには、名古屋に住む姉が、突然抜き打ちでお見舞いにきてくれたわん。

姉とは、病院の話や世間話など、なんてことないことを話して別れたんだけど、退院後も私が無茶するのを見かねてか、
あらたまったメールが届いてました。

「お願い事。これひとつだから…
二人しかいない姉妹。
頼りにならないけど…頼られないのは悲しい。
『ひとりだから』・・・なんて二度と言わないでほしい。
何かあったら言って」



女性ホルモンを打ちはじめた頃から、
「私って、自分のことしか考えずに生きてきたし、いい歳になった今もそういう生き方してる不届き者ね」とは常々思ってはいたの。

だけど、そう思うばっかりで、一向に恩ある人たちのために生きようとすることもなく、"明日死んでも、まいっか!"と思えるような刹那的な生き方を選んでいたわけだけど、
姉からのメールで、今さらながら「私って、こんなに愛されてたのね」と気づかされたのでした。

今までは、とくに誰からも愛されている実感もなく、自分は守るべきものもない人間だと思っていたからこそ、自分の命を軽く見ていたんだけど、
そんなに心配かけていたのかと思ったら、マジで今さらだけど、申し訳ない気持ちになったり…。

私がバカ過ぎて、そして申し訳なさすぎて、
そのメールをもらってから数日経った今も返事することができていません。

返す言葉もないって感じ。



入院前から、同じく女装仲間のアン子さんと、冗談でよく加藤ミリヤの『20-cry-』ごっこをしていた私。

「私はひとり…いつもひとり…ずっとひとりで…歩いていくのかな…とても苦しいのに…」

ミリヤの楽曲の中でも、トップクラスの報われないソングよ(笑)。
この歌詞を、なにかにつけLINEでつぶやきあってるわけだけど、、、

もう「ひとり」だなんて言っちゃいけないみたいです。




退院早々、『阿佐ヶ谷ナイト』にしてきたので、
共演したTAKEAちゃん(左)、ツレちゃん(右)とパシャ☆

私、「怖いくらい青白い」と絶賛(?)されました。



また安室ちゃんでゴムパッチンしてきた♪
盛大に椅子から転げ落ちたりしたおかげで、アザができました。名誉の負傷!



ご心配おかけしてごめんなさい。

とりあえず、生きてます。

2週間ほど入院していましたが、
本日、退院いたしました。


先々週末、突然、謎の大量下血が続いて、二丁目のクラブのトイレでぶっ倒れてしまい、
朝まで事務所で休ませてもらってたけど、一向に回復を見せなかったため救急車を呼んで、
あえなく入院となった次第です。

入院後もしばし大量下血が続いたので、深刻な貧血状態になってしまい、
ひどい目眩と気持ち悪さで起き上がるのも困難に…。

出血が止まるまで危険な状態だったので、まさかの3日間連続で輸血しちゃったわ。
貴重な他人様の血を、私みたいなオカマのために消費させちゃってすいません。。。

今は出血が止まったので、だいぶ回復してます。
今週からやっと食事もできるようになったし~。

でも、あれこれ検査してるけど、原因がいまだ不明なのが不安…。

それにしても、何度か「あたし、死ぬかも…」なんて思いが本気でよぎった瞬間があったくらい壮絶な入院生活だったこともあり、他人様の血のおかげで元気を取り戻せたのかと思うと、
「救われた命」という気がしてなりません。

そんな折り、ゲイの友人が亡くなったという訃報が飛び込んできました。

過去の日記でも、何度か紹介しているゲイAV男優の友人です。

盲腸破裂、腹膜炎を併発して、29歳の若さであっけなく旅立ってしまいました。

なんだか後ろめたさが漂うセックスワークという職業を彼は堂々と公言し、「かっこいい!」と思わせるくらいにまで昇華させた希少な人です。
世界の大物写真家とコラボしたり、各国のイベントにGOGOボーイとして出演したり、ゲイ業界の枠を飛び越えた活躍は実にめざましいものがありました。

プロ意識もハンパではなく、陰の努力をストイックなまでに重ねている人でした。

ドSのバリタチキャラとして人気を博した彼だけど、それとは裏腹に、実際の彼はほんわかした雰囲気で、繊細で、とても優しい人。

私も何度かイベントで共演もしたし、助けてもらう場面もあったことを覚えてます。

私がノンケにゲイのことを説明する時には、
必ず
「この人は、ゲイ界では知らない人がいないくらいのスターなの」って紹介もしてました。
同性愛者にオネエ、女装のイメージをもってたノンケは、みんな「イケメン!」って驚いてた。

彼はゲイアイコンとして、これからもたくさん成し遂げられることがあったであろう人だったのに、本当に惜しいし、もうこの世にはいないのかと思うと寂しい。

でも、だからこそ、現世に生き延びていられている私なんかは、
自分ができることを、ちゃんと全うしようと思うわ。

さよなら、航君。
また、会う日まで。