今日は雑記です。

 

さっき、40歳になりました。

 

アラなんとか、でなく、なんとかフォーとかでもなく、

 

ジャスト、40歳になりました。

 

40代の幕開けは、さんざんなものです。

 

自責と内省、そして自責。これに尽きます。

 

「私は好きな音楽も否定されるし、趣味も否定される。好きなものを否定されたくない」

 

そう、彼女は言って、私が嫌った食器を片付けてしまった。

 

らしい。

 

彼女の部屋へ、足と気が向かないので、自分の目では見ていません。

 

 

私は、彼女が好きなものがおおむね好きじゃなかったりします。

 

彼女の好きな音楽や趣味が、私は苦手で嫌いなのです。

 

それは、私ができなかった、「青春」そのものだから、

 

嫉妬もするし、考えると胸と心の奥が苦しくなる。

 

理解もできないし、良さも、たぶんよくわからない。

 

ただなんとなく、彼女の青春の丸ごとはそこにあって、

 

それを彼女も、誇らしく思っていることはわかる。

 

先日、夜にある公園で話していた時、

 

彼女の元カレが(ミュージシャンらしい?)がギターを弾いて歌い始めた。

 

その歌声が耳に入って、「ごめん、帰ろう」と、彼女は言った。

 

私はますます音楽や、その界隈が大嫌いになってしまって、

 

その界隈にいた彼女のことも、なんとなく遠く、理解できなくなってしまった。

 

 

相手の好きを、否定しない。

 

私は40歳になっても、そんな当たり前のことができなくて、

 

彼女を傷つけてしまったことを、心底悔やんで、自己嫌悪の底にいる。

 

嫌いじゃなくて、苦手だと表現する。

 

そんな小手先のやわらかコミュニケーションは死ぬほどこなしてきたのに、

 

本心ではそれができなくて、他人を見下してバカにする、

 

自分の思いやりのなさに吐き気がして、体も震えている。

 

 

私はルッキズムもあるし、趣味の水準の「高い低い」やセンスの「良い悪い」を、

 

平気でジャッジしている、ただのモラハラくそ野郎で、一言でいえば性格が悪い。

 

優しくない、思いやりがないと本当にさんざん言われてきたけれど、

 

いや本当にまったくその通りである。なんの異論もない。

 

 

すべての悩みの根本原因は、人間関係にある。

 

私は人間関係がとにかく苦手でへたくそで、

 

年を重ねるほどによくわからないプライドも捨てられず、だからか友達も少ない。

 

人望という名のものの、対極にいる。帰属する場所もない。

 

いつも人に囲まれていて、人望がある人はいいな~と、

 

もう何年も何年もそう思っている。

 

人間関係の真の原因は、きっと自分の自信のなさなのだろう。

 

 

理想の人間関係の条件というワークをやってみて、

 

なんと満足度は驚きのゼロパーセントだった。まあ、驚くこともないか。

 

他人を思いやれなくて、どこかで見下していて、一方そんな自分は、

 

なにもなくて、なにもなくて、なにもない。してもらうことばかりを考えている。

 

 

40年、なにしてきたんだろうな。

 

あのときさぼったことや、やめてしまったこと。

 

まあ、これくらいでいいか、バレなければいいや。

 

もう嫌だからやめよう、言葉を尽くさなかったこと。

 

自分は悪くない、状況が悪い。相手がおかしい、わかってくれるはずない。

 

そんな40年を過ごしてきたのだから、理想にいなくて当然だなあ。

 

 

どうしよう。苦しいなあ、苦しいなあ。

 

もう自分がなにを好きかもわからなくなってしまった。