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また更新も遅くなっており誠に申し訳ございません。
<(_ _)>
「 東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな 」
春の風が吹いたら
その梅の花の香りを届けておくれ
主人である私がいなくても、
春を忘れてはいけないよ。
僕は毎年、この短歌をご紹介しています。
この短歌の中には菅原道真公の思いが
込められていると感じています。
学問に優れていた菅原道真公
子供の頃、その才能は「神童」と呼ばれていました。
18歳の頃、官僚養成学校の文章生となります、その後トップ2までに与えられる文章得業生になり
さらに学者最高位の「文章博士」となりました。
もともと低い身分の菅原道真公
その才能は宇多天皇に認められ右大臣にまで出世しました。
しかし 当時の左大臣の藤原時平からその才能を妬まれ
あらぬ罪で大宰府に左遷させられる事になります。
この短歌はその時に、菅原道真公が愛した京都の紅梅殿の梅に向けて詠んだ歌です。
学問の神と言われる菅原道真公の命日に行われる天神祭
今年も菅原道真公と天神祭を守り続ける男達が繰り広げる素晴らしい光景がありました。
梅の花を身に纏った男達の魂…
全力でお届けいたします!!
7月24日宵宮の早朝。
どんどこ船講の拠点「中之島・剣先」
東の空から昇る朝陽に照らされた大川と台船の姿がありました。
この日、大阪夏の風物詩である「鉾流神事」が行われようとしていました。
それは市民の安全や祭りの無事を祈る伝統的な神事です。
天暦五年(951年)社頭の浜から神鉾を流し、
その漂着地を斎場と定め御神霊をお移しし「禊(みそぎ)」を行いました。
これが天神祭の起源とされています。
台船の上から準備作業を見つめる講元・夏凪さんの姿がありました。
今年、鉾流神事を受け継いだ嶋田さん。
寛永以降長らく途絶え昭和5年に復活した鉾流神事。
講元の夏凪さんは男達へ天神祭の伝統を伝えます。
神を迎える御鳥船の準備作業
竹の高さや提灯の向きに至るまで
菅原道真公を迎える為の調整が行われていました。
天神橋を出航する『御鳥船』
どんどこ船講の役割とは
それは華やかな船渡御の姿だけでなく…
御鳥船で堂島川に放たれた菅原道真公の魂を拾い上げ
その後、天馬船に乗せ大阪天満宮へ御返納するという重要な役割があります。
御返納された魂は陸渡御、そして船渡御で現世の姿を知ります。
水の都大阪を進む小さな小舟
「御鳥船」
太鼓の音色を響かせ都会の中を進む御鳥船
向かうのは鉾流神事の舞台である堂島川の「鉾流橋」
神童、神職、楽人が乗った斎船が
鉾流橋の斎場から堂島川の中ほどに漕ぎ出されました。
鉾流神事に登場する白い小舟は斎船(いわいぶね)と云われ
船上から神童の手によって神鉾が流されると
天神祭の幕が上がります。
今年、神童役に選ばれた岩井礼さん(11)左から2番目
神童は毎年、西天満小学校の児童から選ばれます。
選ばれた神童は、祭りまで家族とともに精進潔斎して過ごし、食べ物も制限されます。
堂島川に漕ぎ出した斎船の上、神童は神鉾を流して御神意を伺います。
また神職は祓物を流して、氏子と市民の無病息災、市中の平穏を祈願します。
菅原道真公が年に一度、天満宮を離れ現世を眺める時…
今、何を感じているだろう。
太鼓が響き渡る!!
そして御鳥船の男達は神鉾を拾い上げにゆく。
正面に見える橋が「鉾流橋」
堂島川に架かり、中之島北岸と西天満を繋ぐ橋。
建設されたのは大正7年(1918年)だが、現在の鉾流橋は昭和4年(1929)に完成。
クラシックなデザインが採用されたのは、鉾流神事を行う為と云われている。
藁で作られた「こも」と呼ばれるものは
藁の中に人型をした紙がたくさん詰められている。
その紙には人々の厄が宿っていると云われています。
「こも」には先端が尖った白い手銛のようなものを打ち込んで岸まで運びます。
手で触れてはならない言い伝えがあるからです。
「こも」のすぐ横には「神鉾」という木製の矢のようなものがあり
菅原道真公の魂が宿っています。
御鳥船は「神鉾」と「こも」の両方を拾うのが役目があります。
しかし
手で拾い上げるのは「神鉾」のみ。
嶋田さんが神鉾を拾い上げた瞬間を捉えました。
戻ってくる御鳥船。
今年も御鳥船は無事に藤原道真公の魂を拾い上げました。
嶋田さんの横には拾い上げられた「神鉾」の姿がありました。
昨年、鉾流神事と神鉾返納を担当した太一さん。
今年は嶋田さんへ大役を引き継ぎ、太一さんは櫓を担当。
そこには無事に鉾流神事を引き継ぎを果たした表情がありました。
乗組員の体調に気を配る医師でもあります。
鉾流神事をボートから見つめていた講元・夏凪さん
その姿は船の男達を労う温かな表情だった。
神鉾を乗せたどんどこ船(伝馬船)は大川から空を飛び大阪天満宮を目指します。
神鉾御返納は
菅原道真公の魂をどんどこ船(伝馬船)に乗せて
大阪天満宮に御返納するという重要な儀式。
空を飛び…
陸に上り…
男達の力で
大阪天満宮を目指す。
船は坂道を登り…
参道を走る
菅原道真公を乗せた船は颯爽と陸を駆け抜けます。
建物の僅かな隙間から差し込んだ光が…
「神鉾」と男の子を照らし出す。(*''▽'')
櫂を持つ少年達の表情…
祭りに対する緊張感とワクワク感…

この空気感は大人にも子供たちにも共通♪
いよいよ宮入の時を迎える…
宮入の瞬間
ドラマチックな光が!!(*''▽'')
『神鉾御返納』
船の先端に立つ嶋田さん。
禰宜(ねぎ)と呼ばれる神職へ神鉾が御返納されようとしていた。
それは誰もが息をのむ緊張の瞬間…
一昨年はこのシーンで正さんの上に輝く彩雲を撮った事がある。
今年は何か起こるのだろうか…
嶋田さんと禰宜との間に
飛行機雲が輝いていた!!(*''▽'')
無事に神鉾返納の儀式が終わると
船は大川へと180度旋回する。
「大阪天満宮ターン」である。
境内の中で人力により方向転換するという一年に一度しか見る事の出来ない技である。

男衆は全身の力を振り絞って船を回転させる!!
押し手と引き手、そして船上の男達が繰り広げる地上の旋回
「大阪天満宮ターン」
この男達の勢いは圧倒するものがある!!
旋回を終えたどんどこ船は大川を目指し
参道を戻ります。
どんどこ船は帰路の途中、
お世話になっている関係各所に立ち寄り「手打ち」を行う
街中に威勢の良い掛け声が響き渡り繁栄を願います。
陸路最後の難所
「急勾配の下り坂」
船首が持ち上がり方向制御が難しくなる地点である。
男達がひとつになって大川へ向かう姿があった
この難所を越えると…
どんどこ船は
空を飛び…
大川へ!!
大川に戻った男たち
クライマックス「船渡御」に向けて
またどんどこ船は進んでゆく。
次回クライマックス「船渡御」をお届けいたします!!
٩( ''ω'' )و
本日もキリンのブログをご覧頂きありがとうございました。



































