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キリンのブログ

何気ない日常をカラフルに♪

いつもキリンのブログをご覧頂きありがとうございます。

 

 

皆様のブログに全くご訪問出来ておらず誠に申し訳ございません。

今度ゆっくりご訪問させて頂きますね!!(*^▽^*)

 

 

 

梅雨が明け

日毎に夏の暑さが増してきております

皆様、お身体崩されておりませんでしょうか?

どうか、こまめに水分と塩分の補給をしてくださいね。

 

 

本日は天神祭2020をお届けいたします。

コロナの影響により中止になった天神祭2020ですが…

一部の神事は関係者と神職のみよって厳かに執り行われました。

 

 

船渡御や花火のない天神祭

とてもシンプルだからこそ

1000年以上続く祭りの本質が見えてきます。

 

 

 

 

 

 

 

天神祭は大阪天満宮が建てられた2年後(951年)から始まったと云われております。
当時はまだ有名ではなく日本三大祭として呼ばれるようになったのは
江戸時代からです。


当時の天神祭は大川(旧淀川)から神鉾を流し、

神鉾がたどり着いた場所で祭りを行うというものでした。

これが今で言う鉾流神事の元となったものです。
さらに、その場で船を使い奉迎したことが船渡御の起源になったと言われています。

 

 

古来より菅原道真公は天神様とも呼ばれ

天神祭の行われる7月24日、25日は

絶対に雨が降らないと云われ続けていました。

 

 

神事が行われる7月25日、

キリンは目覚めると外は豪雨。

大雨、洪水警報発令中。

 

もう今日でカメラは壊れるかもしれないと覚悟を決めて出発

するとドリフの滝のような雨に遭遇。

 

 

でも不思議なことに

神事会場に近づくにつれて

空が明るくなってくるんですよ。

 

そして神事が始まる頃には、

さっきまでの豪雨が嘘みたいに…

なってたんです。

 

 



『斎場』

鉾流神事は寛永年間以降は常設の祭場(御旅所)が設けられ、

鉾を流す必要がなくなり長らく途絶えました…

しかし昭和5年に復活、現在まで続く重要な神事です。
鉾流神事が行われるこの斎場は天満警察署前の堂島川べりにあります。

 

 

 

 

 

 

 

『斎船~白線航路~』

この白い船は斎船(いわいぶね)と呼ばれ

装束姿で乗り込んだ神職を乗せ堂島川の中程まで漕ぎ出します。

今見えている藁で作られたものは「こも」と呼ばれるものであり
こもの中には人型の紙がたくさん詰められています。

この人の形をした紙には厄払いをした人々の厄が宿るといわれ
「こも」には昔から絶対に手で触れてはならない…
と云われがあります。
 

 

 

『神童と神鉾』

写真右側の神童役が持つ「神鉾」

木製の矢のような形をしており
この神鉾には菅原道真公の御霊が宿っています。




 

 

 

 

 

『鉾流神事』

令和2年7月25日 10時38分

川に神鉾を流して御神霊を移す場所を決めたとされる「鉾流神事」が厳かに執り行われました。

今年の神童役は小学生ではなく大阪天満宮の神職が務め、神鉾を堂島川に放ちました。


菅原道真公が年に一度、天満宮から離れ現世を眺める時…

 

道真公には今の日本の姿が

どのようにみえているだろう

 

 

 

 

 

 

『人型紙』

藁で作った「こも」とは別に人型の紙を川に放つ神職。

新型コロナウイルスに苦しむ方々の身代わりが人型に込められています。

 

 

 

 

 

 

 

『御鳥船出発の時』

鉾流神事に登場するのが「御鳥船」

威勢の良い太鼓の響きに呼応するように

男達の持つ櫂が水面に鼓動を打ちます。

 

 

 

 

 

 

 

『船を漕ぐ』


御鳥船は鉾流神事のみに登場する船であり

天神祭の本質が見えてくる船であります。

 

 

 

 

 

 

 

『青法被に憧れて』

どんどこ船の法被は白。

御鳥船の法被は青です。

この青法被は限られた人しか着る事が出来ません。

 

 

 

 

 

 

 

 

『舵』

御鳥船の最後尾

「舵」と呼ばれる操船者がいます。

船の進行方向をコントロールする役割と推進力を生む重要な役割があります。

舵が持つ大きく太い櫓

この櫓を作る職人は現在全国に僅か数人しかいません。

御鳥船の櫓は広島の職人によって作られたものです。

祭の伝統はこのような職人の継承も重要となっています。

 

 

 

 

 

 

『御鳥船太鼓』

御鳥船のリズムを取るのは太鼓の役目

漕ぎ手は太鼓のリズムに合わせて櫂を漕ぎます

夏の堂島川に太鼓のリズムと蝉の鳴き声が響き渡り

大阪に本格的な夏が到来したことを実感します。

 

 

 

 

 

 

『水先』

今年の御鳥船の水先は三宅さん。

三宅さんは子供達が乗船するどんどこ船「小若」の指導教官。

どんどこ船に憧れて入ってくる子供達に船の素晴らしさや水の怖さを伝承し

次の世代の船乗りを育成する重要な存在。

 

御鳥船は「神鉾」と「こも」の両方を拾うのが役目だが
手で拾い上げるのは「神鉾」だけです。

 

船が神鉾に接触しないよう舵に指示を出し

細心の注意が払われます。

 

 

 

 

 

 

 

『神鉾』

御鳥船によって拾い上げた神鉾は本来、伝馬船(若中)と共に
大阪天満宮の境内に入り御返納されますが、今年は違います。

今年は船と共に参道を歩くのではなく、

船の男達が神鉾を持ち、歩いて御返納します。
 

 

 


 

 

『針路は大阪天満宮』

神鉾を拾い上げた御鳥船

針路を反転し大阪天満宮を目指します。

 

この「御鳥船」という船名は大阪天満宮により命名されたものです。
現在の御鳥船は二代目であり

正さん(タピさん)と仲間達によって作られました。

 

 

 

 

 

 

『御霊と歩く男達』

例年は参道の真ん中をどんどこ船が走り、船ごと大阪天満宮へ宮入するのですが

今年は菅原道真公の御霊を持った男達が歩いて天満宮へと進みます。

きっと大昔の天神祭はこんな感じにシンプルに行われていたのかもしれません。

このような天神祭は現代では滅多に見る事の出来ない光景です。

 

 

 

 

 

 

 

 

『路地をゆく』

大阪市民の方々は天神祭は中止になっていると思っているので、

突然現れた、青い法被姿の男達に皆さん驚きます。

菅原道真公が一緒に歩いているとは誰も知りません。

 

 

 

 

 

 

『大阪天満宮』

大阪天満宮の入り口には滋賀県近江八幡市から贈られた

大きな茅の輪が設置されていました。

茅はしめ縄としても用いられ古来から身についてしまった厄を払う神聖なものとして

重要な役割を果たしてきました。

この茅の輪は、くぐることによって心身を清め、無病息災や厄除け、家内安全、

幸せな生活が送れるようにとの願いが込められています。

 

 

 

 

 

 

 

『御霊と男達の宮入』

宮入の瞬間。

例年であればこの位置に来ると段差の影響により、

どんどこ船の船首が上がり

馬がヒヒーンと前足を上げたような姿になります。

境内の一般客からも「うわぁー!!」と歓声が上がり、

境内全体のテンションが一気に上がる場所です。

この姿からついたのか分かりませんが、どんどこ船は別名

「伝馬」てんまと呼ばれています。

しかし今年は静かに宮入してゆきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神鉾御返納』

菅原道真公の御霊が宮入した途端…

また雨が降り出したんです。

きっと雨雲は御霊が濡れないように

ずっと降らさないようにしていたのかもしれません。

若しくは大阪府民の願いが届いていたのかもしれません。

ヾ(≧▽≦)ノ

 

 

また天神祭の伝説をひとつ体験した気がしています。

 

 

今回、キリンの写真で伝えきれなかった鉾流神事を

大阪天満宮のYouTube公式チャンネルでご覧頂く事が出来ます♪

タピさんも登場していますよ(*´▽`*)

お時間のある時にでもご覧頂けたら幸いです♪

 

 

 

 

 

 

本日もキリンのブログをご覧頂きありがとうございました。