前回が寂しく終わったので
次は明るく行きたかったのですが
今回も悲しいので
勝手ながらコメ閉じでいきます。









9/4 ( 月 ) は くまじーじのお通夜
5 ( 火 ) が葬儀
6 ( 水 ) 空手の稽古の付き添い
7 ( 木 ) 従姉妹の店の手伝い
8 ( 金 ) 空手の付き添い
9 ( 土 ) 店の手伝い


だんじり祭り前なもんで、若衆が寄り合い後の夜10時過ぎから10人とか平気で来るので、店はそらもう大忙し。深夜1:00にやっと注文が落ち着く、なんて事態が普通なもんで、10日の日曜はもうボロボロで動けず。






11 ( 月 ) やっとブログ更新
12 ( 火 ) 空手の稽古の付き添い




んで
13 ( 水 ) 。


「 しまった、じーじの葬儀の後、喪服クリーニング出すの忘れてた!!」
と思い出したので慌てて持ってったのだが、近場のクリーニング屋2軒が両方定休日だったので断念。しゃーないな、このまま車に積んどいて明日にしよ・・・と、家に帰って来た午後。




今度は私の母方の叔父、正確には実母の弟が亡くなったと電話がかかって来ました。72才でした。


最近連絡が取れなかった
電話にも出ないし
メールの返信もないので
心配になって
叔父のとこの長男と一緒に
私の実母が様子見に行ったら
首吊ってた、って。




検死及び状況判断の結果、多分9/5が亡くなった日だろうというのが警察の話。
時間も経っているしまだ暑い季節なので、とにかく遺体の傷みが激しいから早く焼いてあげた方が良い、との事で、即お通夜・翌日火葬になりました。

「 警察から葬儀場へ遺体を運ぶのが19:30 頃の予定 」
だというので、一先ず私は空手の稽古の付き添いに行きました。
稽古が済んで帰宅、子供らの夜食とお風呂が済んで後は寝るだけになってから、旦那と2人、車で30分程の場所にある葬儀場へ向かいました。

「 もう、お坊さんも呼ばずに、身内だけでする 」
との事で、とにかく急ぎで設えられた様子のそこには、御線香を上げる道具こそ一式用意されていたものの、遺影も無く、花も無く、ただ叔父の遺体が入った棺桶と、叔父の長男と長女の2人と、私の実母の計3人だけが、広い部屋にポツンとおりました。

叔父は15年も前に離婚しており、別れた嫁の方はとっとと再婚しているので、どうやら連絡はしていないようでした。

「 岡山の妹も来る言うてんけど、もう49日の納骨の時にしぃ、言うて断ってん 」
と、私の実母が言いました。という事は、叔父の長男と長女、うちの母、私と旦那。これだけか。絵も無い・花も無い・勿論歌などある筈も無い、こんな居酒屋みたいな葬儀が最期か。

人見知りで内気で優しくて、けど冗談のセンスはピカイチだった叔父。「 欲しかったのは息子で娘じゃない 」って理由から、ロクに私を構わず参観日どころか運動会にも来た事がない私の実父の代わりに、また自身の結婚が遅かったのもあって、それこそ私を娘のようにとても可愛がってくれた叔父。
方向音痴なのに一生懸命地図を見て、タクシー運転手として働いていた叔父。

母達は放っといたらホンマにこれ以上どこにも連絡せんな、と思ったので、せめて連絡だけでも、と私の独断と勝手で『 大阪府と和歌山県の境目近くに住む従兄弟 』にだけは電話を入れておきました。ここは私の実母の姉である伯母宅ですが、伯母はとうに亡くなり七回忌も済んでいるので、母からしたら少し遠慮があったようです。

スナックを経営しているその従兄弟は、お通夜には当然来れませんでしたが、翌朝9:30の出棺ギリギリには間に合いました。彼が来る事を私は伝えてありませんでしたので、母達はとても驚き、「 遠いのにわざわざ有難うなぁ 」と、申し訳なさそうに、けれどもやはり嬉しそうに言っていました。




「 何時まで店やってたん?」
「 昨日は3時過ぎ 」
「 よう間に合うたな 」
「 2時間だけ寝てダッシュで来た 」
「 その前の日も、忙しかって2時間しか寝てない言うてたやろ?もう無理かと思たけど 」
「 そらお前、無理でも来るやろ 」
「 やよなぁ。」




長男ばかりが可愛がられる田舎の家で、次男に産まれたこの従兄弟も、自分の実父より叔父に可愛がってもらったクチでした。5歳年上の彼と私とは、そう言う意味では兄妹のように育った一面もあり、他の従兄弟達よりは少し精神的な距離が近いです。




「 遺影も無し、顔も見れんじゃ実感湧かんなぁ・・・。」
「 誰も見てへんの?」
「 もうな、腐敗も始まってるから見ん方がええ、言うて。目もな、開いたままやねんて。せやから、トラウマになるからやめといた方がええ、て葬儀屋に言われて。警察でぴっちり袋に入れられて、そのままお棺に入れたから、顔見るんやったら袋破らなあかん、て 」
「 やっぱり、そんなんなんや 」
「 おっちゃんホンマにあん中入ってんのかなぁ・・・」
「 せやなぁ・・・。」





私の実父が車に排ガス引き込んで自殺したのは、私が高1の2月でした。それ以来、どちらかと言うと精神面では図太くなったつもりでおりましたが、やはり今回の事はショックでした。自分の夫と弟に自殺された私の実母のそれに比べれば、全然軽いのでしょうが。

ただ泣く事しか出来ず、実感も持てず、最後に顔を見て別れを告げる事も、踏ん切りをつける事も出来ず、ただただ泣く事しか出来ない叔父の長女の細い背中をさすりながら私は、『 同じ境遇の子が増えるのは辛いけど、同じような思いをわかってやれるのは悪い事ではないな・・・っちゅー事はなにか、オトンよ自殺してくれてありがとう、とか言うべきか、私?何事も感謝か?なんか違うな 』なんて、とっ散らかった事を考えていました。





お骨上げが済んだら速攻帰宅、その日は末息子の参観と修学旅行説明会。それが済んだら帰って急いで洗濯物取り込んで片付けて晩ご飯の用意して、夜は店の手伝い。



15 ( 金 ) 空手の付き添い
16 ( 土 ) 従姉妹ん家の小3の末息子預かり
17 ( 日 ) 台風で引きこもり
18 ( 月 ) 長女&次女、空手の大阪府の大会出場
19 ( 火 ) 空手の稽古付き添い
20 ( 水 ) 空手の付き添い
21 ( 木 ) 店の手伝い




健全な精神は健康な肉体に宿る、と言いますが、病は気からの方がしっくり来る感じ。気が滅入ると身体の疲れも取れん。脳も上手く動かない気がする。今回の記事はどうも支離滅裂な自信があるわ。




それにしても、よぅクリーニング屋さん閉まっててくれた事よ!あれで開いとって、喪服クリーニング出しとったら、私ら着るもん無いとこやったわ。
ほんで、葬式は三件続く、とかいう迷信が気になって、まだ喪服をクリーニングに出せない・・・
ファブリーズ万歳。
(ーー;)