【黒滅伝説(こくめつでんせつ)】
シュレイド大陸を中心に世界中の数多の地域で語り継がれる黒龍伝説。
その最も有名かつ代表的な一形態の原型は、今とは全く異なるものだったという異聞録が存在する為、記載する。
第一部
数多の飛竜を駆遂せし日々。
伝説は蘇らぬ。
数多の肉を裂き、骨を砕き、血を啜った日々。
彼の者は現れぬ。
土を焼く日々。
鉄(くろがね)を溶かす日々。
水を煮立たす日々。
風を起こす日々。
木を薙ぐ日々。
炎を生み出す日々。
その姿見る事叶わず。
第二部
今呼び水に導かれ、運命は解き放たれん。
その者の名は宿命の戦い。
我らの頭上に死は輝く。
喉あらば共に叫べ。
耳あらば共に聞け。
心あらば共に祈れ。
ミラボレアスよ。
天と地とを覆い尽くす、我が焔(ほむら)を。
天と地とを覆い尽くす、我が光(ひかり)を。
我らが運命(さだめ)を。
今解き放たん。
以上が黒龍伝説の雛形とされ、現在主流とされる解釈では、黒龍に関する逸話が“大いなる龍の災厄”以前から語られていたのは確か(太古の龍大戦など)であり、第一部は何らかの理由で黒龍を探す人物の足取りを示し、第二部は黒龍と対峙し滅ぼさんとする人物を示しているという。
その性質から、この唄は「黒きを滅ぼさんとする者の唄」即ち『黒滅伝説』と呼ばれるようになった。
またシュレイド大陸の公の場で論じる事は王国が禁じているが、これを唄った最古の「赤衣の詩人」の正体とは、幾つかの文献にて「正装、戦装束は常に赤を基調とした衣装を纏っていた」と記されるロストシュレイド家の第二王子ではないかと推察されている。
その根拠は当然前述の正装の色合いの合致のみではなく、第一部の狂気を感じさせる黒龍への執念も、彼の第二王子であれば説明が付くと言うもの。
国防の要を担っていた彼ならば、王城周辺が古くから黒龍の目撃が多発していた忌み地であると知っていた可能性が極めて高く、いつか必ず訪れる運命の戦争を予期し、国の未来の為自らが万全の力を振るえる内に黒龍をおびき寄せ、討ち果たすつもりだったのではと推察されている。
これより決定的とされる第二部では、建国王の死と『大いなる龍の災厄』の際に黒龍伝説が初めて唄われたと言う説も、原型がこの黒滅伝説ならばその内容から「黒龍を前に自身と戦士達を奮い立たせる為の第二王子の檄」とすれば説明が付くと言うもの。
だが、学者の中には「その解釈が正しいとすれば、第二王子は“戦神”と呼ばれた武力のみならず“天地を覆い尽くす”“人知を越えた何らかの力”を持っていた事になるのではないか」と更なる疑問を呈する者もいる。
シュレイド軍の精鋭は“火攻め”を得意として数多の戦争を勝ち抜いたとされている為、それを指摘する意見はあれど、これについても「戦神と呼ばれた者が、只の火攻めを如何にも“黒龍に通用する力”であるかのように語るのはおかしい」と反論され話は平行線となる。
現在シュレイド大陸では「国が滅亡した事実がある以上、第二王子始めシュレイド軍は黒龍を討たんと奮起したが、結果強大過ぎる力を前に為す術もなく屈し、その運命を儚む唄」と言う結論に収束しつつあるが、シュレイド大陸外の学者には第二王子と赤衣の詩人、更に古シュレイド王国滅亡後に端を発した幾つかの伝説の神を、同一視する者達がいる。
彼らは「襲来した黒龍は一体ではなく、あれは『第二次龍大戦』だった」と主張しており、シュレイド軍は少なくとも数体の黒龍を撃破したとしている。
ただしこの説を唱える学者は九割方“ロストシュレイド陰謀説”論者であり、要するに“運命の三王子はこの滅亡を生き延びており、ロストシュレイド家は今も世界を支配している”との異説を支持するロマンチストだと位置付けられる。
しかし異説と見なされつつも一応の根拠はあり、大陸内外に残された当時の記録にあるシュレイド大陸での複数体の黒龍の目撃情報や、当時のシュレイド軍の不可解な出兵、交戦記録、他に彼の高名なルーツェの著書などは存在する。
更に「現実に国が滅亡したのだから敗北した」と真っ向から対立する意見が「人類を憎み世界を滅ぼすとも語られる黒龍の襲来が事実ならば、何故黒龍は破壊行為を一国に止め、世界は今も平穏を保っているのか」というものである。
この大いなる龍の災厄や黒滅伝説については、不用意に議論を始めると収拾が着かなくなる為、識者達の間ではシュレイドの箝口令に関わらず無闇に口外する事はタブーとされている。
更に千年前の出来事である為、資料が残されていてもその信憑性の調査から始める必要があり、同時に全ての歴史の舞台となったシュレイド大陸での調査議論が東西シュレイドどちらからも禁じられている為、真相は何れも闇の中である。
【運命の三王子(うんめいのさんおうじ)】
旧シュレイド時代、数多の政争を生き延びたロストシュレイド家の三人の王子を指す言葉。
国王は多くの妃との間に子をもうけたが、最後まで生き残ったのは年長から順のこの三名のみだったという。
彼らの逸話として唯一現代に伝わるものは、ある武術大会での出来事である。
見事決勝まで勝ち残った第三王子は、突如「この闘いの勝者と闘え」と見物席にいた第二王子に対し要求した。
これを受け第二王子が「ならば決勝まで残ったお前達二人を同時に相手にする」と提案したところ、第三王子は憤慨。
その際、国王を挟んで第二王子の隣に控えていた第一王子が発言、自身と第二王子、第三王子と対戦相手の四人二組による決勝戦を日を改めて行うというのはどうか、と持ちかけ第三王子と対戦相手はこれを承諾。数百万の観客は更なる熱狂に包まれた。
当時、第二王子は世界に『戦神』の名で知られた人物であり、第一王子は絶大なカリスマこそあったものの優秀な為政者であり、並びに研究者として名を馳せていた為に人前で剣を振るう機会はなく、その二人が共闘するとあって世界中の人々の興味関心を集めた。
そしてこの闘いは後世まで残る伝説として、今も世界各地で語り草となっている。
尚、一説にはこの三名が何れも後の『大いなる龍の災厄』を免れたとも語られるが、後年の足取り、没年は一切不明である。
【失われし王(うしなわれしおう)】
古シュレイド王国末期、建国王の死後王位を継ぐべく立ち上がった古シュレイド王家の第一王子を指す敬称。
詳細は不明だが、建国王健在当時からほぼ全ての国民が、彼の一刻も早い即位を陰ながら切望したほどのカリスマの持ち主だったと言う。
一説には、王位継承は確かに成されたとも言われ、その場合彼は王子ではなく紛れもない王と言える為、古来より失われし王の名で呼ばれている。
【喰龍人(がりゅうど)】
大陸の極一部の者達の間で語られる『旧シュレイド城黒龍翼下説』より更に秘匿されたもう一つの『黒龍伝説』。
それはヒンメルン山脈に巣くう「龍を喰らう人の形をした何か」の存在を示唆している。
事の発端は現在より数十年前、黒龍の目撃情報を伝えられたギルドが調査の為、秘密裏に四名の一流ハンター達を選出し派遣した際に起きたとされる。
彼らがシュレイド城に辿り着いた時、其処に生きた黒龍の姿は無く、代わりに力無く地に伏した龍の亡骸と、それを喰らう人間大の大きさの生物がいたと言う。
当時のギルド上層部の議事録には、遭遇したハンターの内三名はその場で殺害され、生き延びた一人もその詳細を語った後ほどなく死亡したと記録されている。
彼の者によれば、その姿は人に似て四肢はあるが背部が異様に盛り上がり首は無く、腰にのたうつ尾は見えたが翼はなかったという。
議事録の最終項には、語り手となった最後の生き残りの死因は不明、彼は今際の際にあるメッセージを伝え息を引き取ったと記されている。
その伝言とは「我、災厄を免れし運命の一柱、その成れの果て。汝、敗走しそれのみを語り伝えよ」だとされるが、この言葉が意味する所は未だ不明である。
【襲焔の渦(ジ・エンド・オブ・ボルテクス)】
本来は焔の嵐と巨岩の雨を伴う終末的な自然現象を指す言葉であるが、その怪異は実際には作為的なものであるという説が根強く、現在では現象を引き起こす存在そのものを指す徒名。
現象自体は遙か古代から言い伝えがあり、それは恐るべき紅き龍の力によるものと永らく伝えられてきたが、現代より遡る事千年前、同種の力を扱う人間が出現したと記す文献が存在している。
突如としてシュレイド大陸に現れた人の姿をした襲焔の渦は、燃え盛る隕石と類い希なる武力を持って大陸各地で未曽有の殺戮を繰り広げた。
犠牲者は数百万人に上るとされ当時から忌むべき出来事として語られていたが、同時にその神の如き力を目の当たりにし魅了された者も多く、中には愛する者を奪われていながら、襲焔の渦を神と信仰する人々も多かったという。
故に現代において、襲焔の渦は『最も畏怖すべき邪神』と位置付けられ、主として戦いを生業とする者達に広く信仰されている。
【始天神(センアンセスター・オブ・ゴッド)】
「伝説の中の伝説」と謳われる神格化された人物。シュレイド大陸の誰もが知るお伽話の登場人物であるが、その実像の一切は謎に包まれており、現在では神格化された理由すら定かではない。
僅かに残された文献の解読された一節には「影無き者」、「白面の騎士」と記される他「彼の者、神の如き者達を以て神と崇め奉られる。彼の者、神々を盟約により束ねし神々の盟主なり。彼の者来降せし時、星に大いなる福音か、避けられぬ死を齎す」と記載されている。
更には始天神に連なる神として『緋天神』、『黒天神』が存在するという。
【九龍の座(チェイン・オブ・ルーツ)】
実在を裏付ける根拠の無さ、突飛過ぎる内容から伝説と言うよりはお伽話に近く、真偽について真面目に研究している人間は存在しない。あくまで何故そのような物語が語られるようになったのか、その歴史的背景を研究する歴史民族学者が存在するのみである。
これによれば、シュレイド大陸にて名を残し、英雄をも超越して限りなく神に近づいた者達は、始天神よりこの九龍の座へと導かれ、そこで永遠の命と自然を司る龍の力を与えられると言われている。