5月17日のブログに書いた行方不明の友人ですが、7月に見つかり、8月にDNA鑑定で本人だと特定され
昨日、お通夜に行ってきました。
新聞に名前が載っても、通夜葬儀の日取りを聞いても、信じたくないような気持ちで
時々ふと、彼女が何かを言いたそうな気持になるときがあった。
なんとも言えない不思議な気持ちになった・。
お寺での通夜で、受付を済ませ、6時からだと言うので10分前に行ったにもかかわらず、
既に和尚さんのお経は始まってた。
なぜ?
遠くに見える遺影は間違いなく彼女で、お母さんで。。。
でも実感はなくて。。。
お経が終わり、料理を並べるために一度人が居なくなったので、
回し香炉での焼香しかしてなかったので、お線香をあげようと前に進んだ。
小学や高校時代の友人は遺影を前に号泣して、私も友人の名前の漢字を使った詩を見たとたんに
ドバーーーーーっと涙があふれ。
最後の「あなたは宝物でした。」
これがグッと来ちゃった。
すっごくいい笑顔の遺影で、「anju泣かないで~」って笑って肩をポンポンしてくれてるような気がした。
そして、mixi上で友人の葬儀の連絡をくれた小学時代の同級生に「教えてくれてありがとう」
と伝えたらまた、ドバーっと涙が出てきた。
なんで、海の近くだってのに家に帰ったんだろう。
職場は安全だったのに。
お母さんを心配して、家に帰ろうとしたら職場にお母さんが来て無事を確認できたからって
「お母さん大丈夫だから厨房片付けます」って片付けて、そして帰ったらしい。
お母さんも、家を心配して戻ったんだろうね。
中学時代、おとなしい子だとは思ってた。
ここ数年でmixiで再会して、ツイッターでも絡んでて
ほぼ毎日絡んでた。
面白い文章を書く子で、笑いのセンスがあって、ネタの宝庫な感じで・・・。
何度パソコンしながら笑ったかわからない。
なのに、あの日から彼女の更新は止まってた。
自分自身も携帯がつながらなかったし、更新の有無を確認することもできなかった。
マイミクが彼女の安否を心配してて、電話をしても留守電で、「水没でもして使えなくなってるのかな?」ぐらいに思ってた。その後、マイミクから「震災後にメールのやり取りした人いるから大丈夫みたいです」って言われて、安心してた。
それでも更新がないことを心配したマイミクが「やっぱり心配です。何か情報ないですか?」
というので、急いで彼女の職場に向かった。
そこで、思いがけない経緯と、事実を知った。
また一人、大切な人を失うかもしれないという絶望感。
何人奪えば気が済むの?と当たりようのない怒りと、悲しみ。
結局は4か月過ぎた頃に発見された。
その1か月後、私たちに知らされた。DNA鑑定の結果を待って。。。
日が経つごとに「かけらでもいいから見つかってほしい」と思うようになってた。
今見つかっている人は、原型をとどめてないのが多い。
海底の泥から見つかった場合、低温が保たれ、人間の形はあるらしいけど。
だから表現悪いけど「かけらでも・・・」って思ってた。
昨日、遺影が笑顔で、安心した。
その笑顔が、楽しい日の笑顔で、亡くなった日の気持ちと同じじゃないのはわかってる。
でも、免許証のような真顔じゃなくて、笑顔だったこと。
これは残された人たちにとっても見送る気持ちが違うと思うから。
最後は笑顔でさよならをした。
あたし、そんな笑顔の写真あったかな???
いつも撮るほうだからね。
時々撮っておくことにしよう。