今日、震災後初めて子供たちの元気な”エイ!”という気合いを聞いた。

この日をどれだけ待った事か。

でも、今日を迎えるまで、迷いもあった。
気持ち的に”早く空手がしたい”と思うときもあれば
”空手どころじゃない”って思う時もあった。

だけど、せめて子供たちには、震災前の生活を取り戻してあげたいと
いう気持ちのほうが強かった。

今日、ついに震災モードから通常モードの生活リズムをスタートさせた。



そして、今日、もう一つの変化があった。

8年間住んだ家が、解体されることになった。
昨日、大家さんに鍵を返すために立ち会いをした。
家具や荷物で見えなかった部分の破損。瓦がずれたことで生じた雨漏り
お風呂のタイルが大きく崩れ、掃除機をかけてもかけても
落ちてくる壁。
隙間から見える外の光。

浸水で濡れた畳。。。

大家さんは「これから大工を入れて話し合う。直すとなれば敷金は半分お返しします」と・・・。

数時間後・・・「大工と話したんだけど、直すってのも建てるくらいかかりそうな話だから、解体する事にしたから」と・・・。
敷金も全額戻してくれることに。

現在、うちの状態は「大規模半壊」

しかし、解体を要する被害なため、り災の判定が「全壊」になる。

全壊となると、生活の面で支援を受けることが出来る。

将来、住むはずだった祖父母の家も津波で全壊。
もし、補修をしたとしても、住もうとは思えない。
だって、前のマンションは残ってても、その前には家が建っていない。

そのマンションのおかげで実家は柱が残っていたようなもの。
次、津波がが来たら、勢い衰えることのないまま、

直接波が来る場所だから。。。

家を建てる予定なんてなかったけど、この震災で家を建てることになりそう。

そりゃ~まだまだ何年も先の話だけど・・・。

といった感じで、り災証明も出て、生活支援金の手続きや
民間仮設住宅の手続きもしてきた。
住所も一度、実家に移した。

また一歩前進できたんだな~と思えた日でした。

でもね。。。。。やっぱ、どこか気持ちが晴れてない。

なんでなのかはわかってる。

中学時代の同級生が行方不明のままだってのが
ひっかかる。

なんの手がかりもないけど、このまま見つからないのは
辛すぎるよ。

ツイッターもmixiもあんなに頻繁に更新してたのに
あの日からぱったりと止まったまま。

最後の病の話がソレだとは、最後まで笑わせてくれたなって思うけど
見つかるまでは最後じゃないんだって思いたい。

電話もメールも時々してるんだよ。でもやっぱ通じないんだよね。

早く帰っておいでよ。

また夏にでもみんなで集まろうよ。

でも、やっぱ無理なのかな・・・・



ごめんね、せっかく前向きだったのに、
やっぱ、彼女の事が離れないや・・・