4人部屋に移動した主人は
、さほど、何も思ってない様子でした。
ただ、私だけが
オムツが汚れたら気付いてもらえるだろうか…
とか
喉が渇いた時にお水を飲ませてもらえるだろうか…
とにかく、
目が見えないし
言いたいことを話せないので
バカみたいに心配していました。
主人の右足に合わせて作った
装着器具も出来上がり
リハビリ室で
立つ練習なども始まりました。
理学療法士
作業療法士
言語療法士
全ての担当が女性の方で
太っている主人を抱えるのが
申し訳なくって
でも、皆さん本当に一生懸命で
いつも褒めてくださって
有り難かったな。。。
この頃私は、毎朝7:30には
病院へ行って主人に朝食を食べさせて仕事へ行っていました。
お昼ご飯は、義母か、看護士さん。夕食も出来るだけ私が食べさせました。
今思うと、看護士にお任せすれば良い事も私が抱え込んでしまっていた気がします。
頭には常にひもトレで
ひもを巻いていたし、
変な事してるな〜と思われて
いたでしょうね。
この頃1番辛かったのは
朝、看護士さんに
「お名前を言ってください」
と聞かれても
名前が言えないこと!!
はい、いいえなどの返事は
出来るのですが
名前が言えないんです。
自分の名前も、
私も娘や息子の名前、
そして両親の名前も。
もちろん字を書く事も
全くできません。
私は隣で毎日
家族の名前を言い続けていました。
いつになったら
名前が言えるんだろう。。
そんな毎日でした。