ウィキリークスは悪い? 悪くない? ブログネタ:ウィキリークスは悪い? 悪くない? 参加中


今回は間借り先のアメブロさんが提供するブログネタより。

これで3回目かな。


「ウィキリークスは悪い?悪くない?」


しかしなんて難しいお題を出しやがんだアメブロさんよ。

まぁいいや、そもそも今、巷を騒がせている『ウィキリークス』とは何なのかを含めて読者の皆さんと学び、考える場にしようじゃないか。


●そもそも『ウィキリークス』って何なんだ?


そう、まずはここから始めよう。


そしていつも通り、ここはひとつ誤解を恐れずに分かりやすさを重視した解説とする。

なにせこのブログの副題は

~私じゃない、あんたが変えていくんだよ

ときたもんだ。
つまり私が出来ることは

「自分(アナタのことだ)を変えていくためのお手伝い」

であり、

「変えるためのきっかけ(知識・情報)を分かりやすく伝える」

ことだと思ってやっておるわけだからして。



閑話休題。



ウィキリークスとはつまり、

アンタが情報を漏らしたってコトは黙っておいてあげるから、許せない悪事があったら遠慮なく相談してくれ!

と言う主旨のもと、数年前に立ち上がったとされる内部告発サイトなのだ。


最近のニュースなんかで逮捕されたと話題に上っているのは、そのサイト創設者であるジュリアン・アサンジと言う39歳のオッサン。

彼はオーストラリア出身で、少年時代からハッカーとして企業などのデータベースに潜り込んでは、そのセキュリティの脆さを知らしめていたらしい。


そんな彼が振りかざす正義とは、

政府だの組織だのが隠している悪事を、機密事項と言う形で闇に葬り去るなんておかしいだろう。
内部の関係者だって本当はダメだってことは分かりながらも、情報を漏らしたら法で罰されたり、下手をすれば組織から命を狙われることを恐れて口を閉ざさざるを得ないんだ。
ならばそんな危険を可能な限り取り除くシステムを作ろう、そして奴らの悪行を白日の下に晒すことでその是非を世に問おうじゃないか。
それがひいては、世界の人々の平和につながるのだから

およそこんな感じ。


そして先日、イラクに駐留するアメリカ軍が民間人を銃撃する動画が公表されると言うショッキングな事件が話題になったことは、ご存知の方もおられるだろう。


そう、ウィキリークスとは巨大な組織の権力暴走に楔(くさび)を打ち込もうと言う、民間の団体なのだ。



●で、アンタはどうなんだアマポン?


ここまでを読んで皆はどう思ったろう?


言ってることは非常に筋が通っているように感じるし、
「悪事を暴く!」
と言う文言からは、その正義然とした志がよーくわかる。


じゃあウィキリークスはOKなの?


と言うことになるが、ちょっと待て!


私が最も恐ろしいと思うこと、いけないと思うことは、

「片方の意見だけを聞いて判断してしまうこと」

なのだ。


だからこの段階で私に決断を迫ることは止めなさ


はぶぅ!


あいたた、誰だトマトを投げたやつはっ!



ぬ?話が長いだと?



わかった、ちょうど眠くなってきたところよ、続きは次回にしよう。


少しでも興味を持ったなら次までの間、自分で調べて、自分のアタマでも考えてみるといい。
一応下に投票の参加スペースを貼っつけとくが、可能なら投票は次回の私の話を読んでからにしてくれることを望むよ。

それでは次回!!

ウィキリークスは悪い? 悪くない?
  • 悪い!
  • 悪くない!
  • よくわからない

気になる投票結果は!?

政治家ブログポータル
お腹が減るとホント、食に見境のなくなる男、アマポンです。



今日は140字には収まらないと言う単純な理由から、こちらでつぶやきましょうぞ。



●質問にお答えします


「マッチ売りの少女ってまたなんで?」


この質問をいくつか頂きましたが。


むーん、なんでかって訊かれるとなぁ。


マッチ売りの少女ってな、たしかアンデルセン童話だったかな、このオッサンの作品群は度々、大人の良識にも疑問を呈してくる。


幸せな顔で天に召された少女は果たして、生きることが幸せだったのか。


それはあくまで唯物論的な発想なのでは?
当人が幸福の内に逝ったならばそれもまた全うではないか。


いやいや、まずは生きてこその人生、死を選択肢として許容することは即ち生の否定に他ならないではないか。


マッチ売りの少女ひとつとっても内在するテーマは奥深い。



そう思い立った時、なんだか自分の胸の中だけで味わうのが惜しくなった、のだと思う。



皆さんは如何感じるだろうか?
「おばあちゃん!おばあちゃん!行かないでっ」


少女はかじかんで感覚もない素足を蹴り、マッチの醸すともし火の向こうで微笑む、今は亡き祖母の姿を追った。


彼女には「家」がなかった。
温かく両手を広げて迎えてくれる家族の待つ家が。


母は早くに無く、父に愛は無かった。


だから生前の祖母は、少女にとってまさにかけがえのない存在であり、裏を返せば今の彼女にとって、共にあるのは孤独のみだった。



その祖母が、おばあちゃんが今、目の前にいる。



「待っておばあちゃん、行かないで!」



一度目のマッチには温かいストーブが、二度目はおいしそうなガチョウの丸焼きが彼女の目の前に現れたのに、手を伸ばすとそれらは燃え尽きるマッチの炎と時を同じくしてしぼんで消えてしまった。

三度目に現れたクリスマスツリーもまた、天辺にある星の飾りと共に流れて消えたばかり。


年の暮れ、ここ数日で降り積もった雪も溶けやらぬ中、少女が欲しいと思ったものが浮かんでは消え浮かんでは消え。



そしてツリーから流れた星を見た彼女の頭を過ったのが、大好きな、おばあちゃんだった。


「いいかい、流れ星が流れるその時、ひとつの魂が神様に召されるんだ、神様を愛し、愛されるひとつの魂がねぇ」



おばあちゃん、おばあちゃんに会いたいよぅ



そう願って灯した四本目のマッチが、今また消えようとしている。



少女はつぎはぎで出来たぼろのポケットに空いている手を差し込み、売り物のマッチを掴めるだけつかみだすと、文字通り風前の灯火だった光に近づけた。



おばあちゃん







翌日、通りにはそれまでマッチ売りに見向きもしなかった人々が、少女の周りに輪を為していた。


「かわいそうになぁ、この年の瀬に」


「裸足じゃない、さぞ冷たかったろうに」


人の輪の中心で、少女は息絶えていた。




手にはマッチの束が握られている



火を灯す前の。





けれど、

けれど何かをかき抱くようにしてうずくまる少女の顔は安らかであった。





彼女は何を見て、旅立ったのだろう。