●独りで出来ることの限界
前回は
「日本を変えてやるぜ!」
…的な大風呂敷を広げてしまった私アマポンでありますが。
ホントに独りきり(ウチの場合はチームHP'sとして)で出来るかと言えば…そりゃ出来ない訳ですよ。
それが分かりながらも単独…あるいは少数で草の根的な活動をされてる方々が日本にはたくさんいる。
人権の問題、環境の問題、経済の問題…
素晴らしい取り組みだし、尊敬に値しますよ、本当に。
しかし、そんな彼らの必死な取り組みが功を奏するのは10年20年、時には四半世紀を要することも珍しくない。
今の日本は果たして、それだけの長い年月を小康状態で(今も決して健康ではないからね)待っていてくれるのだろうか?
だから今、動かなければならなかった。
見ての通りの準備不足ではあるけれど。
●あらゆる物事に働く「均衡化」の理論
私たちはいつでも、身体を一定の状態に保つよう、バランスをとっている。
身体が大きく右に傾いたなら転ぶまいと、左方向に力を入れて身を起こそうとする。
お気付きだと思うが、世の中の様々な物事についても同じ現象が起きているのだ。
モノが売れればそのモノは不足する。不足すればそれを補おう(品薄をなくそう)と増産する。
見方を変えれば、品薄だと希少価値がついて値段が上がるが、その旨みにつられて類似品が出回り、不足が解消されて元の値段に戻る…とも言える。
よくある話だが、自然の生態系はそのバランスを保つように、例えば肉食獣が草食獣を捕食して適度に間引くことで、草食獣の食糧である草木の激減を防いでいるそうだ。
身体の例えに戻るが、先ほどの10年20年後に報われたと言う話は、転ぶギリギリのところで踏みとどまったと言うところだろうか。
しかし通常、我々は常に、細かいバランスをとりながら、外見にはほぼ真っ直ぐに立っているものだ。
それを転ぶと分かっていながらギリギリまで放っておく必要はない。
…でもね、転びかけているのは私たちの国そのもの。
病気がちで体力のない彼は、いつもなら踏みとどまれるところでも膝が折れてしまうかもしれない。
そのことに私がようやく気付いたのも、他ならぬ日本からのSOSである気がしてならないのです。
これが的外れでなければ、この「均衡化の理論」にのっとり、同じくSOSのシグナルを受け取った皆さん、そしてその中に居られるはずの有識者の方々が腰を上げ、一所に集まるのではないかと、本気で考えていますよ。
●見切り発車してみる
今の私のスケジュールでは当初の壮大な(笑)構想をいきなり始めるのに若干無理があることが判明しました。
仮にツイッターを効率良く利用できたとしても…です。
ただ今回は絶対に止まってはいけない!
よって次回からはまず、さっき悲観したばかりではありますが、草の根活動を開始します。
具体的には身近にある気になることをつかまえて、疑問に感じることを私が体当たりで博士たちに伺ってまいりましょう!
皆さんの反応お待ちしてますよ、ツイッターでもOK!
それでは。
