日本到着後は3日間の強制隔離を含め、14日間の自己隔離期間がありました。


隔離ホテルを出ると、一旦空港に戻り、そこで解散です。私たちは事前にマンスリーマンションを探し契約していたので、そちらに向かいます。(このマンション探しや契約も本帰国命令からフライトまでにやったバタバタto doのひとつ!)


マンションに着いたのは夕方ごろ。日が沈み、ひと気が少なくなったところで、お散歩にでます。(日本の自主隔離は必要最低限の買い出しと散歩は許されていました)


そして改めて、日本の歩道の歩き安さに感動します。タイの道路はデコボコで、歩道も整備されていないのでベビーカーでお散歩!がかなり大変でした。というかめったにやりませんでした。なので、普通にベビーカーでお散歩できるだけでも感動。海外に出ると当たり前と思っていたことでも、その素晴らしさを実感するものですね。

ちなみにベビーカーに全く乗り慣れてない本人は、激しくギャン泣きしてました絶望→のちに慣れましたが



そんなこんなで、夕方のお散歩以外はずっと家にいるというような生活をしていました。

同時に、日本の感染者数もグッと上がってきた時期でもありました。


そんな時期でもあったので、せっかく帰国してもほぼ自粛生活でしたが、タイミングを見て実家に帰省しました。


7歳あーもは実に2年ぶりお願い

1歳みーもは生まれて初めてじぃじばぁばに対面ですハイハイハイハイ


タイからオーストラリアにスライドする予定が、急遽日本に本帰国することになり、本当に慌ただしかったし、色々無駄になったものとかもあるけれど、こんなふうに家族に会うことができ、結果的には一旦帰国できてよかったなぁと思います。


もともとみーもは3歳くらいになるまで、両親(じぃじばぁば)に会わせてあげることはできないかなと思っていたので、まだ赤ちゃん感が残る1歳の時に会わせられて本当に良かったです。


とはいえ、2年ぶりに会う母は、コロナ自粛の影響もあり、すっかり足が悪くなっていて、長男あーもの時のように遊んだり面倒みたりできず、その姿を見てちょっとだけ切ない気持ちになったりしました悲しい

本当は娘として近くに、せめて同じ日本にいて定期的にどこかに連れ出してあげたりできればいいんだけど、海外生活はそういうことができないので苦しいですね

そういうのを一手に引き受けてくれている姉には感謝しかないですお願い


ちなみにうちの姉は、独身のまま実家に暮らしているのですが、なぜか甥っ子にめちゃくちゃ人気があります。


長男あーもは小さい時から姉のこと「たいたい」と呼び(なんで?笑。ちなみに中国語だと太太って書いてたいたいって読むよね。)、いつも実家に行くとたいたいにべったり。


その姿に影響を受けたわけではないと思うけど、帰省直後は場所見知り全開だった次男みーももあっという間にたいたいを追いかけるようになります。

そして、兄弟で取り合い。


それくらい姉は息子たちの扱いがうまいのですが(独身時代の私は子供にどう接していいかわからないタイプの人だったので、本当に不思議!)、そのおかげさまで、実家にいる間に、あーもみーもを姉に託し、私の推し!タイの俳優BrightWin主演の2gether movieを観に行くことができたのが今回の帰省のハイライト!(w



上のイケメンがBright 下のイケメンがWin

ただいまタイ版花より男子「F4 Thailand」CSテレ朝チャンネルで絶賛放送中飛び出すハート


えっと…この推したちの話をし始めたら、それをおかずにカオニャオ三杯(タイのもち米)食べられるくらい長くなりそうなので、それはまたいつか別ブログに書きたいと思いますびっくりマーク(楽しみな人は少ないと思うけどw)どうぞお楽しみにウインク


で、なんの話でしたっけ?笑


そう、日本に帰国するやいなや、急にオーストラリアVISAが進展し始めます。

えっと、帰国したばっかりなのにゲロー

7月の末に帰国、8月中旬まで自己隔離。

8月の最終週に私と子供達で実家に帰省したのですが、その辺りで夫から「来週くらいにVISA降りるかも」と連絡がきます。


え、、、

即座に頭をよぎります。

これ、また早く行きたい俺真顔とちゃんと現実見ろよの私チーンの攻防戦のやつ始まるやん…


前回の仁義なき攻防戦はこちらから下矢印



*ちなみに文中には書いてませんが、自分の実家に子供を連れて行く前に、夫の実家に連れて行き挨拶を済ませるという、いたって昭和なステップをしっかり踏んでから、帰省したということをここに残しておきます笑