フェルメール展も作品を小出しに何回も開催しては稼いでいるので、今回の「≪地理学者≫とオランダ・フランドル絵画展」も当初は行かないつもりでした。しかし何を血迷ったか、気がつくと手元に前売券が2枚もあり(笑)やむなく行きましたよ。今回は震災避難上洛のために、多くの美術展前売券を無駄にしていますので。
展覧会表題の≪地理学者≫は、会場半ば手前で早くも披露。幸い間近まで近づいて見られましたが、一見して「これ、本物?」 あまりに綺麗過ぎる!とても1669年作とは思えない。今や「綴プロジェクト」のような、文化財特に絵画をデジタルで精巧に模造して展示用に使い、本物は衆目に晒さぬ試みも進められています。フェルメール展は貴重視されている割には「客を呼べる」絵画。まして東京は放射性物質反応も高まっている昨今、当初からではなくしても、途中から差し替えたとしてもおかしくない。「綺麗過ぎて、怪しい」と直感しましたが、真相は語られないでしょうねえ。
17世紀の絵画は随所にアレゴリーとシンボリズムが散りばめられているので難しい。いわば祇園の一流懐石で黙って織部やバカラの器を出されるようなもの。知る人に聞かないと本当には味わえない所が厄介。美術専門ではない筆者はそれほど言えませんが、「村の風景:秋」(48)・「凍ったスヘルデ川とアントワープの景観」(47)・「嵐の海」(63)・「滝のある森の風景と接近する嵐」(65)などに見られるように、雲多く青色薄い空の描写は、地球上が16世紀後半より寒冷期に入っていたことを示しています。寒冷化により大気中の水分が雲として固まりやすく空に重く垂れ込め、大気中の不純物の多くが雲に取り込まれるため激減した夕焼けや朝焼けの描写は皆無になります。この時代の特徴。現代では危険すぎて考えられないほどの川の水が層厚く凍るのも、この時代の特色です。
「17世紀は現代の出発点」という点は、これまでもここで書いてきた通り、奇しくも地球温暖化が怪しくも唱えられる現在、一層我々には切実であり、そうした観点からこの展覧会を見ると、またひと味違った楽しみ方ができるでしょう。
