今日は昼から自催ランチオフ@銀座「ロオジエ」でした(料理写真→http://mixi.jp/view_event.pl?id=43789775&comment_count=14&comm_id=122930)
「ミシュラン」3ツ星店で無ければ年3回の長期休暇毎の習いにはしなかったこの店も、行くたびに感動が薄れ惰性の食事がただ「ミシュラン3ッ星」という肩書きを味わうために展開されていくようになった気がします。今回のメニューはどれも「単位不可」となるほど酷くはなく、安定感があり無難な皿でした。しかし、wonder-fulな魅惑的創造性が感じられない。特に「スープ」に当たる「トマトのガスパチョ」は、この店ならではの「キラリと光る何か」が何もない。この1皿で2940円増になったのは、正直捨て金とすら思えましたね。
ソースを掛け合わせた巧みさは、創作フレンチの売りなんでしょうけど、食材本来の味を玩味できることも意外と多いもの。今回σ(^o^)は、パンはバター付けなかったし、アミューズ・ブッシュ「ヤギのチーズを使ったババロアにトマトのソース」は、「ババロア」「ソース」それぞれよくできていて美味でしたけど、分離して別々に味わいたかった。特に、臭みがほのかで丸玉で出され齧ってみたら結構美味そうだと思えた「ヤギのチーズ」の食材本来の持ち味が、トマトのソースで消されています。でソースはソースで、トマト特有の鬱陶しい酸っぱさがなく単独で充分美味しいのだけれど、チーズと一緒に食べるから味がボヤけてしまいます。
「ヨーロッパ料理は元来、食材本来の持ち味を生かさず殺して人工の手で捻じ曲げることこそ真骨頂」がよく当たっている気がしました。その意味では、マイミク小川シェフらの「食材の素材の味を生かした調理法」という理念は、やはり日本人料理人ならではの発想なのかなぁ、とも。もちろん、近年では素材を生かそうと料理する白人料理人も漸増しているとは思いますが。
その意味では、σ(^o^)が選んだ主皿「仔羊のコンフィ」も、美味しかったけど、絶妙のスパイスでふんだんに覆われた仔羊肉は、食材本来の味を楽しむというよりは、シェフのスパイス捌きの巧みさを味わうという感じ。食事としては満足でしたが、三ッ星店の料理としては、どうかなぁ? もっとも「ミシュラン」は創作系・モダン系を喧伝するためのガイドという性質が強く、古典料理の店は不掲載にして意図的に抑圧しているから、「三ッ星フレンチ」の定義が異なるかもしれませんが。
「三ッ星フレンチ」といえば、権威に弱い我々日本人の多くには、restaurant(「レストラン」ではなく)の最高峰として、その権威と名声の前に控え慎むものなのですが、参加してくれたマイミクさんが日記で書いているように、ますます進む「ロオジエ」の“軽チャー路線”には、正直σ(^o^)も違和感を覚え始めています。フランクにお喋りできる店であるにこしたことはないのでしょうけど、それはあくまでセレブな常連にこそ与えられるべき特権。σ(^o^)のような庶民どもが、天下の「三ッ星」でくつろいでいいのだろうか? 昨年来の深刻な不況ゆえ、経済原理にどの店も屈して衆愚路線に走っているとは聞いていますが、その一端を垣間見た気がしました。
休みのたびになぜこの店に来るのか?を考え直してみると、CPの高さで満足エネルギー120%の“拡散波動砲”的な店としては、すでに「OGINO」「Barrique」もあることですし、、、となると、この店に来る理由は単に「三ッ星店に通っている」という虚名欲しさにほかなりません。自己批判的な記述になりますが、特に職場でσ(^o^)が「銀座の三ッ星レストランの常連だぁ!」という虚名を流布させることは、確かに学内のポリティカル・バランス上自分の立場や地位には利があります。でも「ランチという犠牲」(σ(^o^)は普通は昼食摂らないからね)を払いながらなお通う価値が、純粋に美食的視点から判断して、この店にあるのか? 次の来店予定は12月末なので予約を入れるのは9月末。それまでじっくりと考え直してみるべき課題でしょう。本当に最近とみに、「美食の原点」について考えさせる命題が次々と発生して頭を悩まされています。いちいち日記には書いていませんが。