堅固な輪郭と重厚な質感の演奏 | 『今夜もおお腹いっぱい』

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食べ歩き以外に堅い話も書くと思います。
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 今夜はサントリーホールで東響「第九と四季」特別演奏会でした。このシリーズは昭和50年代半ばに生涯最初のコンサート鑑賞として行って以来断続的に行ったり行かなかったりしつつ、平成初頭の“音楽暗黒時代”を経て、数年前の“音楽中興”の後は毎年行くようにして今日に至ります。

 で今夜。もう何年も、毎年同じ場所で同じ指揮者・オケで同じ曲を聴く通過儀礼の年末の夜、近年はイマイチな演奏だっただけに、今夜はむしろ演奏会後の夕食を楽しみに早く終演するよう願ってました。
 最初のヴィヴァルディ「春」「冬」は、パリ在住の旧ユーゴ人バイオリニストの独奏。始まってすぐ、輪郭のはっきり堅い、層が厚いながら内容のしっかりと安定感のある演奏に、目が覚めた。近年の「足が地についてない」軽快で不安定さとは異なる曲の流れに、続く「第九」への期待感も高まりました。
 休憩時間にmixi日記を飛ばして席に戻ります。「第九」の曲の出だしは、例年通りの上滑り。離陸した飛行機が勢いを落とし地面に胴体をこすりつけながらなおも飛び立とうとするような不安定感。しかし、第1楽章の半ば過ぎから、飛行中の搭乗機の高度が安定するように曲の流れに安定感を覚えました。何となく、輪郭の無い水彩画というよりも、きちっとした輪郭を持ち、かつその輪郭が堅固過ぎない安定した曲の流れ。そう、昨晩食べた「オー・グー・ドゥ・ジュール・ヌーヴェルエール」のサーモンの軽い燻製のような、京都大原の額縁借景で例えあるなら宝泉院よりも実光院のような、表向き排他的ではないものの内部がしっかりしている質感。音量も近年では圧倒的かつ耳障りではなく、非常に満足のいく演奏でした。第3楽章の後にポーズを全く置かず第4楽章に入る指揮者のアレンジにも惹き込まれたし、通例以上に遅く進める演奏も適切な箇所でなされて効果的。いやぁ、今年の「第九」は非常に満足度高く聴くことができました。
 「第九」終演後の「蛍の光」の演出は、例年より照明が明るいながらも、この一年が走馬灯のように過ぎります。来る年こそもっと良くなるように願いながらも、どうせ正義を行う能力のない邪悪と不正の造り主である神には不可能であろうと改めて不信任を感じながら、毎年の惰性の習慣を例年以上に堪能することができました。