17世紀の忘れられた詩人、テオフィル・ドゥ・ヴィオーの「クロリスへ」が、いまも忘れられていないのは。。。

 

19世紀の音楽家、レイナルド・アーン Reynaldo Hahn のおかげ、です。

 

アーンは、パラグアイ、カラカスの生まれ。

 

ユダヤ系ドイツ人の父、バスク系パラグアイ人の母との間に生まれた、13人きょうだいの末っ子。

 

家は商家で、裕福だったようです。

 

かれが3歳のとき、一家はパリに移住。

 

幼いころから音楽の才能を発揮し、おとなになってからは、文人・芸術家と足繁くつきあい、サロンで音楽会を催したり。

 

ちなみに、当時は、お金持ちの個人のサロンで、小規模なリサイタルが、よく行われていたようです。。。

 

アーンの代表作は、フランスの詩人の作品に曲をつけた、声楽曲。

 

その一つに、テオフィルの「クロリスへ」があります。

 

原作の長い詩の冒頭、数行に音楽をつけたものですが、17世紀の古式ゆかしき典雅な雰囲気がよく伝わる、美しい曲です。

 

 

クロリスよ、俺を愛しているって、本当かい?

心底愛してくれているって。

もしそうならば、なみいる王さまたちだって、

俺ほど幸せな者はいないだろう。

いまここで、その幸福が死によって、

天国の至福に変えられでもしたら、迷惑千万!!

天上のアンブロシア〔不死なる神々の食べ物〕について、人はあれこれ言うけれど

俺の想像力は、これっぽっちも動かされない、

あなたの瞳の美しさにくらべたら。

 

 

 

この詩をつくったテオフィルは、同時代人から、恋愛詩の達人と言われ、売れっ子の詩人でした。

 

ですが、実は、かれが愛したのは女性たちではなく、ジャック・ヴァレ・デ・ヴァローという年下の美青年だったのです。。。

 

テオフィルは、その無頼の生活、当時の教会の規律からはみ出す宗教観によって、イエズス会や司直から目をつけられ、パリのシャトレに投獄されてしまいます。

 

その間、ジャックは、自分可愛さのあまり、テオフィルの艱難辛苦に息をひそめていた、とも言われている。

 

とはいえ、二年に及ぶ獄中生活から解放され、病に伏したテオフィルは、ジャックの腕の中で亡くなったそうで。。。

 

かたや、レイナルド・アーン自身も、長大な小説、『失われた時を求めて』の作者、マルセル・プルーストの恋人でした。

 

アーンは、プルーストを裏切ることなく、二人の絆は、作家の死まで続いたと言います。

 

詩人と作曲者、それぞれの愛のエピソードを知ると、繊細な「クロリスへ」の調べが、ますます美しく思えてきて。

 

ピアノ・パートをアコーデオンで弾きたいな、と思い、ネットで楽譜を調べてみました。すると。。。

 

原題の À Chloris  の à は、フランス語では、to の意味なのですが。

 

英語圏の楽譜のなかには、Ah ! Chloris  と題しているものがあり、「ん???」と首を傾げた次第。

 

 

ちなみに、「クロリスへ」は、女性歌手も男性歌手も歌っていて、CDも出ていますが、YouTubeでも手軽に聞けますから、ぜひ~