採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -103ページ目

マイペース

 

 

最近、何となく思うのだが、、

 


仕事を進めていく上での自身の

あり方について、自己分析を

してもらうと、

 


自身のことを「マイペース」と

言い表す人がいる。

 


これを聞くと小生は、

 


わたしは「わがまま」です!

 


と言い切っているのと、

 


いったい何がどう違うのか?!

 


正直、区別がつかない。。。

 


だってさ、

 


マイペースって、他人に流されず

自分の思い通りに何かことを進めて

いく訳でしょ?!

 


それって、やっぱり「我がまま」

って言うんじゃないの?!

 


それを「マイペース」とか何とか

言って、横文字で誤魔化しても


冷静に考えれば、やっぱり

「わがまま」ってことじゃない?!


まっ、

 


わがままに、わがみちを行くのも

大いに結構だけど、、、

 


周りがあっての自分であることを

忘れちゃいかんわな!

 


自戒の念もこめて、

 


そう思う今日この頃である。

intel

 

 

唐突だが、、、


 

最近、「知識」と「知恵」について

その内容を吟味してみたくなった。

 


なぜかと言えば、

 


何もやらずして、誰かが発した情報源

に頼ってばかりで、

 


世の中、見切ってしまった風な顔して、

やり過ごしてしまっている人に、、、

 


どう言い回せば、その足りない「一歩」

を気付かせて、踏み出させることが

出来るのか?

 


を考える機会があったから!


 

辞書で調べてみると、

 


なになに、、、

 


【知識】(チシキ)1

①ある事項について知っていること。

[]

・物事の正邪(セイジャ)などを判別する心の働き

・正しく教え導いてくれる指導者

・寄進(キシン)すること。また、その人たち

③知られている内容。認識によって得られた

成果。厳密な意味では、原理的・統一的に

組織づけられ、客観的妥当性を要求し得る

判断の体系

④しりあい

⑤ものしり

 


【知恵】(チエ)2

①物事の理を悟り、適切に処理する能力

[]

真理を明らかにし、悟りを開く働き。

[]

四つの枢要(スウヨウ)徳の一。古代ギリシア

以来さまざまな意味を与えられているが

今日では一般に、人生の指針となるような

人格と深く結びついている哲学的知識と

言う。

 


とあり、、、

 


この二つの意味から、抜粋してその内容を

比較してみると、

 


「知識」とは、

 


厳密な意味では、原理的・統一的に組織

づけられ、客観的妥当性を要求し得る

判断の体系

 


であり、

 


簡単に言えば、ものしりであり、

『評論家タイプ』である。

 


一方で「知恵」とは、


 

今日では一般に、人生の指針となるような

人格と深く結びついている哲学的知識と

なり、、、

 


簡単に言えば、

 


むむっ(-“-

 


かっ、簡単に言えば、、、

 


む~ん・・・

 


簡単に言えば、がんちくある

『思想家タイプ』ちゅうとこかな?!

 


したがって、

 


「知識」と「知恵」とは、

 


言い換えると

 


『評論家』VS『思想家』

 


になる



と思うのだが、どうだろう・・・


 

小生的には、「知恵」があった方が

良いのかな?!


って言うか、この曖昧な比較によって

一体、誰がその足りないと思う一歩を

踏み出すことができるのだろうか?


いやはや、なんともテーマをミスった

ようで・・・m(_ _)m


 

 

と思う今日この頃である。

 


(12引用:広辞苑第5版 岩波書店)

ぷらまいゼロ

 

唐突だが、、、


 

良いこともあれば、

 

悪いこともあるのが人生!

 


そのどちらかが起こる割合と言えば、

 


常に

 


フィフティ・フィフティ(5050)

 


そう直感的に小生は思うのだが、、、

 


仮に、

 


良いことがあれば、プラス1(+1)

 


悪いことがあれば、マイナス1(-1)

 


だとして、、、

 


良いことと悪いことが同じくらいに

起こるとすれば、

 


結局のところ、

 


人生の収支はプラマイ0(±0)と言う

ことになる。

 


だったら、

 


始めから何もしなかったとしても、

同じことになるのか?

 


と言えば、、、

 


それは違うと小生は思う。

 


なぜならば、

 


良いことも悪いことも同じくらい

あって、結局のところプラマイ0

(±0)になったところで、

 


自らの身をもって「経験」した!

 


と言う財産は本人に残るのだから。

 


それをリスクばかり考えて、結局

何もしなければ、収支は同じ±0

であっても、

 


人生の経験と言う観点からは何も

積まれてこない訳で、、、

 


それを「賢い」生き方だ!

 


と言い切るならば、

 


「・・・」

 


何はともあれ、まずは何でも

やってみれば良いのにね?!

 


はあ、もったいない!もったいない!

 


そう思う今日この頃である。