ウケル人
感受性の低い人の作ったものが、、、
あまりの忙しさに忙殺されてしまった
分別あるはずの人の目をすり抜けて、
世の中に出回っている。
そんな気がする。
その始まりは、おそらく他者との差別化
を意識したものであり、、、
ひたすら、『ウケル』ことを目指したに
違いない。
しかし、いつの日か、それが暴走を始め
『ウケレバ、ナンデモヨイ』
と、奇を衒(テラ)うことが社会で容認され、
過激さを増し、加速し、肥大化していく。
やがて、下の子が『マネ(ル)』を始めて、
世の中が、少しずつ『ズレ(ル)』ていく。
そして、最終的には、
『ウケル』を頂点とした社会構造上での
ヒエラルキーが構築されて、『ウケル』
を中心とした世の中が成り立っていく。
『ウケル』は、面白くなければならない。
面白さは、努力の気配を遠のける。
物事の裏側には、常に努力の賜物が
ある事など、微塵(ミジン)も感じなくなる。
誰も、努力の存在を感じなくなる。
誰も、努力をしなくなる。
面白さは、オートマチックでなければ
ならなくなる。。。
面白さは、無造作に次々と作られる。
始まりから、終わりまで作られていく。
もう、誰も、面白さを疑わない。
面白さは、オートマチックに提供される
ことを、誰も疑わない。
むしろ、その解り易さを要求される。
面白さは、解り易さを義務付けられて
作られていく。
その目安に、『ウケル』が用いられて
作られていく。
『ウケル』こそ、面白さとなる。
「面白さ」と「楽しさ」は同意語になる。
楽しい社会とは、『ウケル』社会となる。
『ウケル』を頂点とした『ウケル』社会は、
我々を明るい未来に導いていく。
『ウケル』人にならなければならない。
『ウケル』人にならなければならない。
『ウケル』人に・・・
当意即妙な人を、いつまでも崇める
時代で、良いのだろうか?
はあ・・・
街も、だんだん寒くなってきたね。
【当意即妙】
その場にうまく適応したすばやい機転。
当座の機転。
(引用:広辞苑第5版 岩波書店)